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死を見つめること

2012年4月14日(土)    71.6kg  21.6% 


Yu-14Apr2012




=== 今日の一日一訓 ===


 枕辺に 問う人あらば 死出の旅
   泣く泣く独り 行くと答えよ


 「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響あり」
 (『平家物語』)


 「諸行」 は “すべてのもの”、
 「無常」 は “常が無くつづかないこと” です。

 健康だ、財産がある、名声が高い、家が豪勢だ、
 という現実は、絶えず変転します。
 大きく変化するか、少しずつ変わるかだけの違いで、
 つぎの瞬間から崩壊につながっているのです。

 中でもショックなのは、 自分の死 でしょう。

 営々と築きあげたどんな成果も、
 人生の幕切れでグシャリとにぎりつぶされる。
 長く大きくしようと努めてきたシャボン玉と同じです。

 「人間は無益な受難である」
 と、サルトルは主著 『存在と無』 の末尾に言っています。
 最後、壊れるものばかりを求めるほど、悲惨な一生はないでしょう。
 それなのに、なぜ人々は、あくせく生きるのでしょうか。




仏教をゼロから一緒に学びましょう。


“終活”
 について考えています。

 「死ぬ準備なんて、エンギでもない・・・・・・」


そう思う人も少なくないでしょう。
が、ある専門家は、

 「終活は、自分の人生を振り返り、
  前向きに生きていくための準備」


と語っています。

 「えっ!?
  死を考えることがなぜ前向きなの?」



よろしければ下の 続きを読む をクリックして、続きを読んで下さいませ。

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★★★


言うまでもなく、死は、私たちに100%訪れる未来

一日生きれば、一日死に近づく


今こうしている間にも、確実に墓場へ向かって
行進しているのが事実です。

昨今の、先の見えない世相もあり、
将来にさまざまな不安が見え隠れします。


 “心安く老後を送りたいけれど、
  国の年金も何だか当てにできないから、
  経済的な備えが必要だ。
  体が動かなくなったら、介護をどうしよう。
  家族にはできるだけ負担をかけたくないし・・・・・・”



真面目によりよく生きたいと思うほど、
心配事が山積していることに気づくはず。

そんな不安を未来に抱えたままでは、
今を思い切り生きられないのではないでしょうか。

備えあれば憂いなし。

元気なうちからそれら心配のタネを
一つ一つ解決していくことで、
“もしもの時” にも慌てずに済みます。


こうして、やがて必ず行き着く 「死」 へ目を向ける人が
増えてきたことは、大変、意義深いことだといえるでしょう。

しかしそのような終活も、
最も大事なことが抜けていたならば、
すべて水泡に帰してしまいかねません。


最も大切なことに取り組む、
それこそ本当の “終活” であることを教えられているのが、

 仏 教


なのです。


続きはまた次回。


★★★

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テーマ : 気になる!
ジャンル : ライフ

Comment

No title

ちょっと、愚痴らせてください。(すみません)

病院、特に癌関係の病棟に入院していると
ヒトの生き死には、とても身近にあります。

今日、同室の患者さんが退院されましたが
ご家族の方に聞けば、ホスピスに転院されるとの事。
す。上咽頭がんステージ4(末期)で
手術もできず、放射線も当てられない場所で
まず、助からない訳ですが

大丈夫、僕も余命宣告されたけど、元気で生きてるから…と
励ましましたが(もちろん、ウソではありませんが)
本当のところ、たぶん、無理だと思います。

僕のブログもご存知ですから、
自分のところでは言いにくいので、ごめんなさい。
でも、今回は「こういうテーマ」なので
ご参考のかけらくらいにはなるかも?…で


そして、もう一人の方は近々退院予定ですが
4年前、僕が癌で入院していた頃、同じ様に入院していた方。
聞けば、癌が再発・転移して
食道から頸動脈に巻きつき手術できない状態に。
(癌が血管に食い込んだら、破裂してアウトです)

奥さまは気丈な方で、何もおっしゃいませんが
たぶん、ご本人が、自宅でのラストライフを希望されているのだと思います。


僕は今のところまだ、頑張っており
また、覚悟もしておりますが

ただ、眼の前の「避けられない運命のいのち」と向き合い
言葉を失うばかりです。
「諸行無常」としか言いようがありませんが
お念仏とは、こういう時の為にあるのでしょうね。

Re: No title

癌ダム4Gさん

再びコメント、ありがとうございます♪
癌病棟。。。
最もイヤな「死」と日々身近で、
想像を絶する雰囲気なんだろうな、と思います。

コメントに書いてくださったことを読んだだけでも、
とても辛く、苦しい、恐ろしい、ことが伝わってきます。
どんな喜びや幸せも、「死」によって根底から崩れてしまいます。

現実に直面した「自分の死」はどれほどのものか。。。

「死」は、恐ろしいものだと思いますが、想像できるのは「他人の死」。
「自分の死」は想像できません。

今回のテーマは、その死と真っ正面から見つめ、
やがて100%ぶち当たる問題とどう向き合うか。
仏教では、どう教えられているのか。
それを少しずつ、書いています。

癌ダム4Gさんのコメントはとても参考になります。
ありがとうございます。

> ただ、眼の前の「避けられない運命のいのち」と向き合い
> 言葉を失うばかりです。
> 「諸行無常」としか言いようがありませんが
> お念仏とは、こういう時の為にあるのでしょうね。


その通りです。
が、誤解があるといけないので、少し書きます。

「死」 には、どう立ち向かっても勝ち目はありません。
全人類、100%撃沈です。
まさに 「諸行無常」 です。

そんな一切が崩れる絶望の世の中で、親鸞聖人は、

 「念仏者は無碍の一道なり」 (『歎異抄』第七章)

 「煩悩具足の凡夫・火宅無常の世界は、
  よろずのこと皆もって、
  そらごと・たわごと・まことあることなきに、
  ただ念仏のみぞまことにておわします」
 (『歎異抄』後序)

と、一切が崩れる中で絶対に崩れない幸せの厳存を、
声高らかに宣言なされています。

「念仏」 とは、 「弥陀の本願念仏」 のことであり、
「念仏者」 とは、弥陀に救われた嬉しさに、
称えずにおれない 「他力の念仏者」 のことであり、
弥陀に救われた信心獲得の人のことです。

それに対して、
「こんなに念仏を有り難く称え、感謝の生活しているから悪いことはないだろう」
「これだけ念仏となえているから、悪い処へは行かないだろう」
「阿弥陀さまを疑っていないから、死んでも大丈夫」
「この世はどうにもなれぬが、死んだら弥陀は助けてくれるだろう」
「念仏さえ称えていれば、本当に、これでいいのだろうか」


これらは、弥陀の本願を疑っている 「自力の心」 で称える念仏ですから、
まだ助かっていません。
不安な心をおさえつけるために、安心するためにどれだけ念仏称えても、
それでは本当の安心も満足もありません。
まだ助かっていないからです。

「自力」 が廃らないかぎり、弥陀の救いには絶対にあえません。
「他力」 になるまで 「他力」 を聞き抜かねばなりません。

どうすれば伝わるのか、うまく書けず、
うまく伝えることができずもどかしいですが、
少しずつ書いていきますので、また続けて読んでいただき、
ご指摘・ご質問いただければ、うれしく思います。

No title

愚痴って、すみませんでした(お詫び)。

さて、ちょっと誤解を解いておきますと
「がん病棟」って、少なくともみなさん「生きて」退院されますから
別に、暗~い訳ではないんですよ。

それに、こっちも「棺桶に片足突っ込んでる」状態ですが
旅立つのは、別に怖くはないんですよ(笑)
※まぁ、後5~6年は粘って頑張るつもりですが…

ただ人生半ばの方には、お子様とか、ご家族とか
心残りは大いにあると思います。
それが「怖い」という言い方なのかも知れませんね。

僕は、一度半分あっち側まで行きましたから
その経験で言うと、それはそれは綺麗な一面のお花畑で
丘の下、はるか遠くに綺麗な河がありました。

後ろからいっぱい声がするんで、振り返ったら
病院に向かう車の荷台でしたが、物凄く痛かった(バイク事故です)
現世より、あっちの方が遥かに素敵なところですよ。

兄弟がいて、家内がいて、子供がいて、孫がいて…
それ以上贅沢言っちゃいけませんよね(笑)

Re: No title

癌ダム4Gさん

再びコメントありがとうございます。

子供や家族に対する心残りがあるだけで、
死は決して怖くない、死後への不安は一切ない、とのこと。

さらに、

> 僕は、一度半分あっち側まで行きましたから
> その経験で言うと、それはそれは綺麗な一面のお花畑で
> 丘の下、はるか遠くに綺麗な河がありました。
> 現世より、あっちの方が遥かに素敵なところですよ。


それが本当なら結構なことです。

もしそうなら、ガンもエイズも怖くない。
地震だ、津波だ、原発だ、ミサイルだ、
と大騒ぎするのも滑稽です。
残虐な殺人や事故に巻き込まれても、
殺人者を恨む必要もなく、むしろ感謝してもいいでしょう。

毎年八月に行われる慰霊祭もまったく意味がない。
死者の霊が存在し、慰めを必要としている、
という心情がなければ、これらの行事は成り立たないはずです。
死んでステキなところにいる相手を慰める、
ということはありえませんから。

少子化問題、高齢化社会、年金問題、消費税増税と騒いでいますが、
死んでステキなところへ行けるなら、
高齢者の方々はがんばって生きる必要はなく、
さっさと死んでもらえば解決します。
家族や子孫の幸せを思うなら、
がんばって生きず、早く死ぬべきでしょう。

日本では、14年連続して自殺者が年間3万人を越えました。
死んでステキなところにいけるなら、
早く死んだほうがいい、自殺者は賢い、ということになります。
自殺者はもっともっと増えるでしょう。

1分でも1秒でも命を延ばそうと努力する医療の意味はなに?
政治も経済も科学も医学も道徳も倫理も法律も、
より快適によりよく生かそうと努力するものばかり。
死んでステキなところへ行けるなら、
生きてそんな努力はせず、さっさと死んだほうがいいでしょう。

この世の人間の一切の努力・営みはなんなのでしょう。
なぜ、「人の命は地球よりも重い」 といわれるのか。

癌ダムさんのおっしゃることが本当なら
上述のように、この世の様々な問題は、問題にならず、
死んでしまえば、あっという間に解決できます。

しかし、仏教ではそのように教えられていません。

「大命、将に終らんとして悔懼こもごも至る」
(大無量寿経)


人生に死ぬ以上の大事はない。
生死の一大事とも、後生の一大事とも
いわれるゆえんです。

「命のうちに不審もとくとく晴れられ候わでは、
 定めて後悔のみにて候わんずるぞ、御心得あるべく候」
(御文章)


“命のあるうちに、阿弥陀仏の救いに値わねば、
 必ず後悔するであろう。よくよく心得ねばならぬ”

仏教では、
死後、明るい世界に生まれられるのは、
生きている現在、弥陀の救いに値った人だけ、
だと教えられています。
生きている現在、弥陀の救いにあわねば、
死ねば永く苦患に沈む、と教えられています。

「あわれあわれ存命のうちに、
 みなみな信心決定あれかしと、
 朝夕思いはんべり。
 まことに宿善まかせとはいいながら、
 述懐のこころ、しばらくも止むことなし」


仏縁あれかしと思うばかりです。

No title

相変わらず、ですね(笑)

歳も歳なんで、まぁいいかぁ…と、最近では、オープンにしていますが
若い頃は、こんな経験を話していいもんかどうか?随分と悩み
ずっと黙っていたものです。

ところが、立花隆さんの「臨死体験」という本に出会い
同じ様な体験をした人が数多く存在する事を知り、
救われた想いがいたしました。

いまでは、臨死体験は「既成の事実」と捉えられ
その特長として、<死を恐れない事>が挙げられています。
※僕だけで信じられないなら、ご自身で調べてください

僕は体験したから知っている
あなたは体験せずにただただ恐れおののいている・・・

それだけのことですが、
もちろん、そんな体験はしない方が良いに決まっていますから
いのちは大切にしてください。


※死んだら幸せになれる…という教義を持つ宗教は
原始キリスト教、戦国時代の仏教、現代のイスラム教
(いずれも一部)など数多く存在します。

だから、宗教人として、死を忌み嫌う事は良く解りますが
僕はそういう事を言っている訳ではなく、
あなたがまだ体験した事のない事実を述べているだけです。

普通は、そのまま「あっち側」に行っちゃうので、経験を語れませんが
たまに僕みたいん帰ってきちゃう人もいるので、
そういう話が存在する訳ですね。

日本の古事記にもギリシャ神話にも「よみの国」に行く話はありますが
どちらも「決した振り返るな」と言われて、振り返り
大変な目に会うんですよね(臨死体験とは、そういうことかな?)

科学的に証明された訳ではありませんが
生物には「臨死回路」みたいなものがあって、死の直前には
それが作動して「安らかな死」が訪れるようですね。

そういう事実は現実として認めた上で、なお
僕は、親父の葬儀を期に、自分の墓所をリニューアルして
毎年お盆には、墓掃除におもむき、線香と花を手向けて
「般若心経」や「観音経」を唱える人であることも
付けくわえておきます。(宗派はちょっと違いますが・笑)

Re: No title

癌ダム4Gさんも、相変わらず、ですね(笑)

世の中にはその手の話しは山ほどあります。

癌ダムさんの体験されたこと、本当だと思います。
その体験は本当に事実だと思います。

ただ、その体験をしたからといって、
「死後は幸せでステキなところ」 ということにはならない、
ということです。

無意識が生み出した妄想・幻覚かもしれない。
ただの夢かもしれない。
いやそんなことはない。やっぱり本当かもしれない。
体験したんだから、事実見たんだから、本当に違いない。
・・・・・・

結局、ハッキリしないわけです。

体験した本人も、その体験が間違いない事実であったとしても、
「死んだらどうなるか」 結局ハッキリしていないわけです。

きっとそうに違いない。
そうであってほしい。
事実、そんな臨死体験をしたわけだから。
死後はステキな世界に違いない。
いや、絶対にそうだ、そうに決まっている。

そういった体験話、たとえ事実であったとしても、
どれだけ聞いても、私は安心できません。
それが私の正直な気持ちです。

ハッキリしないからです。
だったら、ハッキリさせるしかありません。
そのたった一つの道が、仏教・弥陀の本願です。


> ※死んだら幸せになれる…という教義を持つ宗教は
> 原始キリスト教、戦国時代の仏教、現代のイスラム教
> (いずれも一部)など数多く存在します。


どちらかというと、そんな宗教ばかりです。
いいかげんで、薄っぺらで、きれいごとで、ご都合主義で。

仏教以外の全宗教は外道・邪教・迷信であり、
「九十五種世をけがす」 とお釈迦様が教えられた通りです。

「死んだら幸せになれる」
多くの宗教に教えられているから、
きっと本当だろう、などと安心するのは危険です。
そんな危険は世の中に山ほどありますから、言うまでもありませんね。

世の中にどれだけ多くの宗教があろうとも、
真実の宗教はただ一つ。仏教だけです。

最後に、一つだけ。
お経は、死んだ人に向かって唱えるものではありません。
すべて、生きた人に説かれたものばかりであり、
生きた人を生きているあいだに幸せに導くために説かれたものです。

私は、癌ダムさんに、真実の仏教を伝えたい。
本当の親鸞聖人のみ教えを知ってほしい。
弥陀の本願まことを伝えたい。

そのために、これからも「相変わらず」を貫きますね。

たくさんコメントいただき、本当にありがとうございます。
これからも、どうぞ、よろしくお願い致します。

No title

あはは、僕は臨済宗ですから、異論はありますが
お経…というか、すべての宗教は生きてる人に為にあるのは本当ですね。

まぁJJSGさんは、まだ若いから、死は遠い存在でしょうが
僕らのように、期限付きで、死と直接向き合っている人に
「怖いよう」「嫌だよう」といって、どうするつもりですか?

見知った人の葬儀に立ち会うのも、年5~6回平均で
大人になってから約40年として、200回以上になります。

おかあさんは?と問う3歳の妹の頭をなでる5歳の姉の横に立つ
奥さまのご葬儀の主人に、あなたは同じ事が言えますか?

40代半ばの働き盛り、想い半ばにして倒れた企業戦士の葬儀
震える声で会葬御礼を述べる高校生の長男に何を語りますか?

末期がんで、恐らくは最後に誕生日を、病院のデイルームで
子供達孫たちが集まって祝う、同に病室の患者さんに
死ぬのは怖いですよと、言うおつもりですか?

災害や事故、病気など、理不尽な理由で
最愛の人をなくす、親や子の気持ちが解りますか?

それでも人は生きて行かなければなりません。
宗教とは、そういう人々に為の「生きる糧」
「生きるための杖」であってほしいと、僕は思います。


そしてまた、僕自身も、残り少ない命と向き合っている人間
だと言う事もお忘れなく(笑)

お返事は、死を目前にした人と
正面から向き合えるようになってからで結構ですよ。



Re: No title

癌ダム4Gさん

 “明日ありと 思う心の仇桜
    夜半に嵐の 吹かぬものかは”


激しい無常を目の当たりにし、
親鸞聖人が9歳のときに詠まれた詩です。

4歳でお父様、8歳でお母様を亡くされた、
その痛み、悲しみは、想像に難くありません。

若いからといって、死は遠い存在ではありません。
健康だからといって、病気の人より長生きするわけではありません。

無常の嵐
に誘われた人が先に死ぬのです。
日々報じられるニュースを見れば明白でしょう。

死の前には、老いも若きも病気も健康も関係ありません。
諸行無常・火宅無常の世界。
それが真実だと、お釈迦様は常に教えておられます。

私は生まれて40年弱の若輩者ですが、
知人・友人・親せきの死に小さい頃から多くあっています。

小学生のとき、癌で友人が死にました。
高校生のとき、祖母が風呂で水死。事故でした。

大学生のとき
知人が脳梗塞で死にました。
友人がバイク事故で即死。
阪神大震災で知人を失いました。
おじ、おばが癌で亡くなりました。
甥っ子が病気で亡くなりました。

社会人になってからも
。。。。。。数知れず。

先の東日本大震災で友人を失いました。
今も行方不明のまま。

昨年12月、大切な祖母を亡くしました。
同じく12月、我が子が生まれました。

おじが癌で闘病中。
7歳の甥っ子が白血病で闘病中。

・・・・・・

なんの自慢大会でしょうか?
醜い。。。 きりがないので、やめましょう。

死別の悲しさ、闘病の苦しさは、
痛いほどわかるつもりです。

だからこそ、私は、真実の仏法を伝えたい。
真実知らされた者として、伝えねばならない。
それだけです。

「死が怖い」「嫌だよう」 と言いたい、わかってほしい、
のではありません。

仏教は、後生の一大事を知ることに始まり、
後生の一大事の解決に終わる。


「後生の一大事」 を知らせねば、仏教は始まらんのです。
平生明らかな弥陀の救い、弥陀の本願まことに導くことができないのです。

「死んだらどうなるかわからない」
後生暗い心 (無明の闇) をぶち破り、
後生明るい心、大安心・大満足の絶対の幸福に、
生きている現在ただいまハッキリと救い摂る、
無碍の一道に出させてみせる、と誓われた弥陀の本願を伝えるためです。

釈尊がそのこと一つを知らせるために、
どれだけ善巧方便にご苦労なされたことでしょう。

弥陀の本願一つを説くことを使命とされた釈尊をして、
45年間説き続けられて、七千余巻という膨大な経典となったのは、
ひとえに、すべての人を弥陀の本願に導くためだったのです。
百人百様、千差万別の人々を導くために、
その人その人に応じた説き方、それだけ某大な方便が必要だったのです。

相手に応じて言葉を選び、説き方を変えるのは当然です。
応病予約、対機説法と仏教で教えられる通りです。

> それでも人は生きて行かなければなりません。
> 宗教とは、そういう人々に為の「生きる糧」
> 「生きるための杖」であってほしいと、僕は思います。


宗教と倫理道徳を完全に混同しておられます。
これについては、また別の機会に。

> そしてまた、僕自身も、残り少ない命と向き合っている人間
> だと言う事もお忘れなく(笑)


もちろん忘れていません。
ちなみに、私もその一人です。

死を見つめ、凝視するのは、暗く沈むためではありません。
死を恐れおののき、嘆き悲しむためでもありません。

「後生の一大事」 を心にかけて、
弥陀の本願によって、「後生暗い心」を解決するためです。


ごまかしは通用しません。
ウソで慰めても、一時的な安心満足は得られても、
そんなものは臨終に木端微塵に砕け散ります。

「死んだらどうなるか」 は、
生きている現在ただいま、ハッキリします。
ハッキリせねば、安心できません。


ごまかしではなく、真実の弥陀の本願によって、
生きている現在ただいま、ハッキリするまで聞き抜かねばなりません。


 「教語開示すれども信用する者は少なし。
  生死休まず、悪道絶えず」
 (大無量寿経/釈尊)


 「真の知識にあうことは
  難きが中になお難し
  流転輪廻のきわなきは
  疑情のさわりにしくぞなき」
 (高僧和讃/親鸞聖人)


 「呼吸の頃すなわちこれ来生なり。
  一たび人身を失いぬれば万劫にもかえらず。
  この時悟らざれば、仏、衆生を如何したまわん。
  願わくは深く無常を念じて、
  徒に後悔をのこすことなかれ」
 (教行信証/親鸞聖人)


 「されば、人間のはかなきことは
  老少不定のさかいなれば、
  誰の人も、はやく後生の一大事を心にかけて、
  阿弥陀仏を深くたのみまいらせて、
  念仏申すべきものなり」
 (御文章/蓮如上人)



釈尊、親鸞聖人、蓮如上人のお言葉には力があります。
きっとなにか伝わると念じています。

臨済宗(栄西)の立場から異論があるようで。
楽しみにしています。 (冗談です。)
禅問答は時間の無駄。やめましょうね。

Secre

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いつも応援有難うございます

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プロフィール

JJSG

Author: JJSG
男 173cm 血 O型
1972年7月29日生
(42歳)

福岡県出身
愛知県一宮市で育つ
シンガポール居住を経て、
(2007.9~2013.3)
現在は、日本在住
(名古屋近郊)
職業: 平凡なEngineer

スポーツ大好き♪
(野球、バドミントン)
カラオケ大好き♪
(演歌最高!)

父は、鹿児島県出身。
母は、福岡県出身。
共に九州、浄土真宗門徒。

私も、仏教、親鸞聖人の教えを、少しずつ学んでいます。

禁煙 2009年1月4日~
半日断食 2009年7月~
(すっかりサボり気味。。。)
体重:
MAX 81.4kg 理想 63kg

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