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何のために働き、食べ、生きるのか

2012年5月31日(木)    72.0kg  19.7% 


おむつ換えてもらってまーす



=== 今日の一日一訓 ===


 まいたタネは必ず生える。


 私たちは毎日、たくさんのタネをまいていると、
 お釈迦さまはおっしゃいます。
 タネまきとは何か。

 身体の行い ・・・ 身業
 口でいろいろしゃべる ・・・ 口業
 心でいろいろ思う ・・・ 意業

 身体、口、心の行いのことを “タネ” (業/ゴウ) とおっしゃっています。
 身口意の三業 といいます。

 善いタネも、悪いタネも、まいたタネは必ず生える。

 身体や口だけでなく、心でまいたタネも、
 まいたタネは必ず生える。

 私たちは一生懸命努力しても、思ったとおりの結果が出なければ
 努力は無駄になったと思ってしまいます。
 入学試験や資格試験に向けて頑張っても不合格になってしまうと、
 無駄な苦労だと思って頑張ったことを後悔してしまうこともある。

 しかしお釈迦さまは、田んぼにまいた種がやがて実を結び、
 自分に返ってくるように、

 「あなたのまいたタネは、まだ芽が出ていなくても、
  必ず、実を結ぶのだよ」


 と言われています。

 無駄な努力や苦労は何一つありません。





『正信偈』 親鸞聖人のみ教えを学んでいます。


仕事は生きる手段です。
生きる目的ではありません。

生きる意味を知って働かねばなりません。


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★★★


仕事は大変です。

大変な労働も、報酬や賛辞というご褒美があるから、
私たちは耐えられるのでしょう。


逆にどんな高給を得ても、人を困らせ、悲しませ、
後ろ指さされるようなことならば、気分よく働けません。

人に喜ばれるように、日々努力することは非常に大事なことですが、
仕事はいつまでも私を喜ばせてくれるでしょうか。


「企業戦士」
 として、
常に会社の最前線で働いてきたある会社役員。

家族との生活も犠牲にして、一生懸命会社に尽くして働いた、
そんなある日、突然のリストラ。。。


 “会社のために身体を壊すほど頑張った。
  家庭も犠牲にし、休日返上で働いてきた。
  オレはもっと力を発揮できるのに、何で・・・?”


必死に貢献してきたという自負と、その会社に裏切られた苦しみ、
むなしさを感じながら、退職するしかなかったのです。。。


精一杯尽くした相手に離縁状を突きつけられた
気持ちを想像してみてください。

仕事に打ち込み、デキル奴と評価されている人ほど、
裏切られた時のショックは大きいでしょう。

それがうすうす感じられるから、
内心は、皆不安を抱えているようです。


 「死んでいくときは皆、独りぼっち。
  金や名誉だけの人生ならば、必ず後悔しかないと
  ようやくわかりました。

  今までは物質的な繁栄を求めてモーレツに頑張ってきたが、
  ここにきて 『心』 の問題がいちばん大切だと
  分かりました」


最も大事なのは、 「心」 です。


生きる意味を知って働けば、
どんな苦労も悲しみも報われます。

バリバリの仕事人間も、功なり名を遂げた人も、
心から充実した人生が開かれるでしょう。


では、仏教の教える 「人生の目的」 とは何か。

弥陀の誓願不思議に救い摂られ、
生きているただ今、無上の幸福になることです。


有名な 『歎異抄』 に、

 「念仏者は無碍の一道なり」


と説かれ、

生きてよし、死んでよし、
弥陀の極楽浄土に必ず生まれる身になること。

たとえこの世の一切を失っても、
光明輝く未来が約束された人になるのです。


★★★

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テーマ : 気になる!
ジャンル : ライフ

Comment

No title

人は生まれたくて生まれてきた訳ではありませんから
そもそも「生きる目的などない」のが当たり前です。

それは、一匹のプラナリアに。
お前は何のために生まれてきたのか、また生きているのか?
と聞くのと同義語ですが

ただ一つ「まぎれもない正解」があるとれば
生命の目的は<子孫を残すため>なのでしょうね。

昨日のテーマがすごく良かっただけに
今日のはちょっと詰まんなかったかな(ごめんなさい)

それでも、僕たちはそのテーマを求めて
日々悩み続ける訳ですよね。


ところで、日本のトップ企業各社は
消費税を一銭も払っていないどころか
還付金で儲けているって、ご存知でしたか?

詳しくは僕のブログで。

Re: No title

癌ダム4Gさん

コメントありがとうございます。
でも、がっかりです。

> 人は生まれたくて生まれてきた訳ではありませんから
> そもそも「生きる目的などない」のが当たり前です。


癌ダムさんはとっても頭のいい方なのに、
どうしてそのようなことをおっしゃるのか。

「生きる目的」 はあります。
なければなりません。

もしないとすれば。。。

 「生きる意味などない」
 「生まれてきた意味もない」
 「生きる価値もない」
 「苦しくても生きる必要はない」
 「さっさと死んだ方がマシ」
 「人の命はムシケラ同然」


ということになってしまいます。
本当にそれでいいですか?

そんなはずはありません。

癌ダムさんは病気と闘って、
懸命に生きているじゃありませんか。
私はそんな姿に感動しますし、尊敬しています。

「生きる目的などない」 のではなく、
癌ダムさんが知らないだけです。
考えても分からないから、そう思い込んでいるだけでしょう。

お釈迦さまは、「生きる目的」 一つを教えられました。
ハッキリと教えておられます。

 「人身受け難し、今已に受く。
  仏法聞き難し、今已に聞く。
  この身今生に向かって度せずんば、
  さらにいずれの生に向かってか、
  この身を度せん」
 (釈尊)


「なぜ生きる」 それ一つ教えられたのが仏教です。


> ところで、日本のトップ企業各社は
> 消費税を一銭も払っていないどころか
> 還付金で儲けているって、ご存知でしたか?


そうですか。
それは知りませんでした。
問題にならないのでしょうか?
とはいえ、トップ企業各社は、法人税・所得税を沢山払ってますよね。
法律の問題ですね。

まあ、大企業といえども、生き残るために必死なんですね。。。
しかし、そうまでして、なぜ生きるのか。

「生きる目的などない」 のが当然だとすれば、
この世のすべての営みは、無意味で、バカバカしいことばかりですね。
あくせく生きている人ほど見苦しい。滑稽。
上の大企業の問題など、どうでもいいことですね。

だって生きる目的なんてない、と言うんですから。
生きる意味がないと言うんですから。

生きる目的(意味)などないのが当然?
そんなはずはありません。

「生きる目的はある」 のが当然です。
断言しておきます。

No title

こらこら「言外の言」も、ちゃんと読みとってくださいね(笑)

人は生まれたくて生まれてきた訳ではありませんから
そもそも「生きる目的などない」のが当たり前です。

だからこそ、僕たちはそのテーマを求めて
日々悩み続ける訳ですが

・・・その「悩む事そのもの」にこそ意味があると僕は思います。

そして悩んで、場合によっては修行して
自分のテーマを見つけ、自分の道を行けば良いのです。

シッタルダだって、そうやって悩み考えたはずです。
ただ、始めから仏にすがれば良いというものではありません。

仕事に励んで、社会人としての役割も果たし
そして、子育てを終えて、生物としての使命を終えた僕は
ブログを通じてではあれ、
がん患者さんの役に立つ前向きな情報を送り
少しは人の役に立っていると思います。

この病棟でも、知りあう患者さんに出来るだけ元気になってもらおうと
いろんな方とお話をするようにしています。
助からないと分かっている患者さんにも未来はあります。

社会の役に立ち、子供たちを守り育てて未来を拓き
そして、病に倒れた不安と死におののく人々に力になる

喉頭がんと今回の傷で、しゃべることが出来なくなり
食事さえも、もう8ヶ月も奪われたままの入院の身ではありますが
それでも、なお、前を向いて人の役に立つことはできます。

・・・僕は、何か間違っていますか?(笑)

No title

癌ダム4Gさん

はい、間違っています。

「生きる目的はない」のが当然、と言いながら、
それを探し求め、悩む、と。。。

「ない」 ものを どうして探し求めようと思いますか?

「ある」 と思うからこそ 探し求めるのでしょう。
「ある」 と思うけど、わからないから悩むのでしょう。
なければならない と思うから探し求めるのでしょう。

「ない」 ものを求めるのは、
絶対に当らないとハッキリしている宝クジを買い続けるようなものです。例えば、去年の宝くじを買うようなもの。
去年の宝くじは、どれだけ買っても絶対に当りません。
そもそも当たりが 「ない」 のだから。

そんなもの、だれも買わないでしょう。
お金の無駄ですから。

癌ダム4Gさんが人の役に立っていることは、
間違いないと思います。

でもそれは、「生きる目的」 が 「ある」 からこそです。
「生きる目的」 「生きる意味」 があるからこそ、
生かす意味があり、生きる役に立つのです。

だから、癌ダム4Gさんのブログは、素晴らしいと思います。

もし 「生きる目的」 がないとすれば、
「生きる意味がない」 ということですから、
人の役にたつこともなくなってしまいます。
癌ダム4Gさんのブログも無意味になってしまうでしょう。

でも、そうではありません。

「生きる目的」 は 「ある」 のか 「ない」 のか。

「ある」 とハッキリ仏教で教えられています。
私たちは、知らない、分からないだけです。

癌ダム4Gさんが 「ないのが当然」 とおっしゃいますが、
お釈迦さまは、「ある」 「なければならない」 と、
その間違いをハッキリ教えて下さっています。

親鸞聖人も 「ある」 と断言され、
「あるから早く達成せよ」 と勧めておられます。

「生きる目的はある」 のが当然です。
断言しておきます。

No title

あはは、まだまだ修行が足りませんね。

「色即是空 空即是色」
あると言えばあるし、ないと言えばないのです。

それは、ゼロという数字の概念に似ています。
「無」は、「無」として存在していますが
それは「有るのか?」と言えば、「無い」訳です。

また、そこにあるのに「見えていない」人もいますよね。
見えていなければ、その人にとっては「ない」のと同じですね。

そして、「ある」と信じて一生を費やして
やっと「ない」事に気づく人生というのも、あるのかなぁ…

人生の目的は、見つけるモノです。
道は決まっているのではなく、自分で決めるモノです。
そして、自分なりに作っていくものです。

お釈迦様も、そうして、自分の道を拓かれたのではありませんか

JJSGさんは、いまのところ、生物の第一目的である
子孫を残し、育てている最中ですから、それに集中するとして
その後、何を目的に生きるか?
一度考えて見られてはいかがでしょう

Re: No title

癌ダム4Gさん

コメントありがとうございます。

まだまだ修行が足りない。
それは、その通りです。

> 「色即是空 空即是色」
> あると言えばあるし、ないと言えばないのです。


これは、般若心経の有名な言葉ですが、
大変誤解されています。

仏教を正しく聞き、正しく理解することが
いかに難しいか、知らされます。


> 「ある」と信じて一生を費やして
> やっと「ない」事に気づく人生というのも、あるのかなぁ…


そんなあいまいなものではありません。
「人生の目的」 はハッキリしたものです。
「このためだった」 とハッキリ知らされるものです。


> 人生の目的は、見つけるモノです。

その通りです。
探し求め、知らされるものです。


> 道は決まっているのではなく、自分で決めるモノです。
> そして、自分なりに作っていくものです。


「どう生きるか」 の道は決まっていません。
人それぞれであり、自分で決めるものです。
しかし、「なぜ生きるか」 の人生の目的はそうではありません。

「どう生きる」 と 「なぜ生きる」 は、
混同しやすいですが、全く異なるものです。


「どう生きるか」 は手段で、
「なぜ生きるか」 は目的です。

人生の目的は、万人共通で唯一です。
いつでもどこでも変わらないもの。

「どう生きるか」 は、人それぞれで、
各人各様、好き好きです。

そのようにハッキリ教えられたのが仏教です。

お釈迦さまは、人生の目的一つを探求され、
35歳の12月8日、仏の覚りを開かれて、
仏の智慧で 「なぜ生きる」 をハッキリと悟られました。

その万人共通唯一の 「なぜ生きる」 を知らせ、
その目的達成まで導くために、
35歳で仏の覚りを開かれてから、
80歳でお亡くなりになるまでの45年間、
説いてくださったのです。

それが仏教です。

「手段」 と 「目的」 は混同しやすいです。
私たちは迷いやすく、都合のいいように考えますので、
よくよく気をつけねばなりません。


最後に 「色即是空 空即是色」 について。

「色」 というのは、 目に見えるもの、
形づくられたものという意味。

木も草も犬も猫も人間もすべて 「色」。
そして、「色」 は、お釈迦さまが
「諸法無我」 「諸行無常」 と仰言ったように、
実体としてあるものではなく、時々刻々と変化している。

たとえば今、目に見えている物。
これは 「色」 です。
皆、目に見えるものは、そこにあると思っている。

しかし、今の私はは昨日の私ではないし、
今日の私は明日の私ではない。

そのように 「色」 には不変の実体はないから、
それはすなわち 「空」 ということ。


「空」 とは、空っぽとか、
何もないという意味ではありません。

たとえば、ここに柿の木が一本ある。
秋には実がなる。
しかし実がなるためにはまず地球があって、
柿の木が大地にしっかりと根を張っていなければならない。

その土には水分、栄養分がいる。
さらに太陽が照って葉に光が当たらないといけない。
もちろん空気もいる。

そのように柿の実というものは、
そのものだけでは存在しない。
周りのものすべてが因縁和合して
一つの柿が存在する。

それは柿の実だけではなく、
あらゆるものに当てはまる。

すべてのものが網の目のように
お互いに関係しあって存在していて、
単独に存在するものはない。

時間的にさかのぼって考えれば、
この宇宙は何百億年という昔、
ビッグバンという大爆発に
よって生じたといわれています。

爆発し宇宙が拡散していく過程で、
冷えて物質が生じ、太陽も地球もでき、
ついには人間のような生命をも生み出した。

だから、もとを正せば、宇宙に存在するものは
すべて目に見えないエネルギーの
さまざまな表現形態だということになります。

そのエネルギーがすなわち 「空」 であり、
その 「空」 から生み出され、形に表れたものが 「色」。

ある人がお世話になった保育所が閉所になったので
懐かしく思い見学しにいった。

看板の文字が消され、
内部はがらん堂ではあったが、
建物だけは残っていた。

ところがしばらくぶりに訪れると、
建物の影も形もなくなり、
ただの更地になってしまっていた。

「ああ、とうとう無くなって
 しまったんだなあ」

そんな感慨にふけりながら、ある古歌を思い出す。

「引きよせて 結べば柴の 庵にて
  解くればもとの 野原なりけり」


庵というものは、野原の柴を集めて結べばできる。
縁がなくなってバラバラになれば、元の野原になる。

一時、庵というものがあるのであって、
変わらぬ 「庵」 というものがあるのではない。

建物でも、因縁でいろいろのものが
集まって造られているのです。
柱、土台の石、壁、床板、などが集まって、
形になっているものを 「建物」 と言っている。

因縁が離れてバラバラになれば、建物はどこにもない。
「建物」 というものが、
いつまでもあるように思っているが、
やがて因縁がなくなれば、跡形もなくなるので、
「建物」 という固定不変の実体はなく、
因縁のある間だけが 「建物」 なのです。

「あらゆるものは因縁所生のもの。
 因と縁とが結びついて、
 仮にでき上がっているもの」


更地になった光景が、
仏教で教えられる奥深い哲理を、
思い起こさせてくれます。


 「善知識にあうことも
  教うることもなお難し
  よく聞くことも難ければ
  信ずることもなお難し」
 (親鸞聖人)


 「人身受け難し、今已に受く。
  仏法聞き難し、今已に聞く。
  この身今生に向かって度せずんば、
  さらにいずれの生に向かってか、
  この身を度せん」
 (釈尊)



仏縁あれかしと、思うばかりです。
すばらしいご縁を有難うございます。

No title

考えている世界観は違えど
僕のブログは、お褒め頂いてありがとうございます。

あなたは信者さんなので、
他の考え方には一切耳を傾けないのでしょうが
僕の視点では、「空」はゼロです。
まぁ、それはそれでいいんじゃないですか?

たとえば、「10」はゼロという概念がなければ成立しませんが
10は、ゼロを使っているけど「無」ではありませんよね。

インダス文明の太古より
インドにはゼロの概念がありましたが
日本にはなかったので、JJSGさんが語ったような、

…そうですね、因数分解が分からないので
鶴亀算とかを解くようなややこしい説明が必要だったのですね。
というのが僕の解釈です。

でも、そういう分かったような分からないような説明ではなく
<人はゼロから生まれてゼロに帰る>って事だけど
せっかくこの世に生を受けたんだから
その間をちゃんと立派に生きようね…という事でいいんじゃないですかね?

間違ってるとか、正しいとか
観念的な、机上の空論はもうやめましょうよ。
要は、誰かが幸せになれるか?とか
不幸から解放され得るかも知れないとか
そういう事じゃないんですかねぇ…

そして、少なくとも僕は
これからも、救いを求めて相談に来られる「がん患者さん」や
「そのご家族」に、出来る限りの知識と具体論で
救いの手を差し伸べて行こうと思っています、

お礼も言わず、どっか行っちゃう人の方が多いんですねどね(苦笑)

Re: No title

癌ダム4Gさん

いつもコメントありがとうございます。
あいかわらず頑固ですね。(笑)


> 他の考え方には一切耳を傾けないのでしょうが
> 僕の視点では、「空」はゼロです。
> まぁ、それはそれでいいんじゃないですか?


私は、他の考え方に一切耳を傾けないのではありません。
釈迦の教え・仏教をねじ曲げる者、破壊する者に対して、
「それはそれでいい」 と見逃すわけにはいかないのです。

癌ダム4Gさん、お釈迦さまのお言葉 (仏説) を
都合のいいように解釈し、「まあ、それでいいでしょう」
と間違って伝えることは、大変重い罪になります。
法謗罪と教えられ、無間地獄に堕ちる罪です。


 「破邪顕正せざる者は仏弟子にあらず、
  これ仏法中の仇なり」
 (涅槃経)


癌ダム4Gさんが仏教にどれだけ詳しいか知りませんが、
これまでのやりとりから、全くわかっていないことがわかります。

コメントはおおいに結構ですが、
仏教を破壊するようなことだけはおやめ下さい。


> そして、少なくとも僕は
> これからも、救いを求めて相談に来られる「がん患者さん」や
> 「そのご家族」に、出来る限りの知識と具体論で
> 救いの手を差し伸べて行こうと思っています、


癌ダムさんのブログは素晴らしいですし、
すごく勉強になりますので、ぜひ続けて下さい。
私も読ませていただきます。

私自身も不勉強ですが、
できるかぎりお釈迦さまのお言葉、
親鸞聖人のお言葉を出して、
コメントにお答えさせていただくよう努力します。

有難うございました。
JJSGより

南無観世音菩薩

少し真面目な話をしましょう。

病院、特に僕ん入院しているがん病棟というところは
常に「死」と隣り合わせの中で生活しています。

ご本人もご家族も助からないと解かっていて
恐らく最後のお誕生会をデイルームで開いてあげているご家族。
深夜にAEDの電気ショック音が響き、翌朝からになった病室。
そして、食道に癌が巻きついて手術できないから…と
抗がん剤治療を受けている方は、きっと助かりませんが
まだ告知は受けておらず、僕が言う訳にも行かないし…

と、そんな方々とお話しながら
僕は、自らの死生感を語っています。

たとえ助からない命であっても、残された日々をいかに生きるべきか?
自分の生きた証とは、一体何であるのか?
病床にあっても、まだ出来る事、やりたいことは何か?
そして最後の時は、どこでどのように迎えたいか?

そんなことが、僕たちの日常の会話でもあります。

そして、僕自身もまた、ブログにも書いているように
再発したら恐らくは助からない癌との闘いの最中でもあります。

僕は、仏教徒は、そうした生死を越えたところにある
心の安らぎを説く宗教でありたいと想っています。

以前JJSGさんは、死ぬのは怖い、ただただ怖くて仕方がない
とおっしゃってましたね。

僕は、助からないと分かっている人にも
「怖くないから」と笑顔で語ることにしています。

Re: 癌ダムさん

癌ダム4Gさん

コメントありがとうございます。

> 僕は、仏教徒は、そうした生死を越えたところにある
> 心の安らぎを説く宗教でありたいと想っています。


全くその通りです。
生死を越えた大安心大満足にするのが仏教です。
生死の一大事を根本的に解決する教えです。

死んでよし、生きてよし。
なにがあっても絶対に崩れない大安心大満足。
今死ぬとなっても微動だにしない、
無碍の一道、絶対の幸福に導く教えです。

「いつ死んでも極楽往生間違いない身」(正定聚)に
生きている現在ただ今、ハッキリ救い摂る、
と約束されているのが、弥陀の本願です。

いつも私がブログに書いている通りです。


> 以前JJSGさんは、死ぬのは怖い、ただただ怖くて仕方がない
> とおっしゃってましたね。


癌ダム4Gさんから、「怖くないから」 と笑顔で
どれだけ言われなぐさめられても、解決になりません。

自分自身の心を、正直に見つめればわかることです。
死に向かったら、真っ暗ではありませんか。
強がりではない、言い聞かせるのでもない、正直に。

なぜ怖いのか。
正直、死んだらどうなるかわからないからです。
どれだけなぐさめられても、ハッキリしないからです。

死後がハッキリしない心を 「後生暗い心」 と言い、
「無明の闇」 ともいいます。

「生死の一大事」 と仏教で教えられ、
その解決一つを教えられたのが仏教です。

癌ダムさんのおっしゃる通り、
まさに、生死を越えた心の安らぎを説く宗教です。

それ一つ教えるために、
釈迦は45年間仏教を説かれたのです。


「怖くないですよ」 と、どんなになぐさめられ、
励まされても、根本的な解決になりません。

そんなごまかしの安らぎを教えたのが仏教ではありません。

なぐさめられれば、一時的なごまかしにはなっても、
根本的に解決していないので、すぐまた不安になります。

根本的な解決をせねば救いにはなりません。
ごまかしは、必ず裏切られます。

 「大命、将に終らんとして悔懼こもごも至る」
 (釈尊)


 “臨終に、後悔と恐れが、代わる代わるおこってくる”




 「世人薄俗にして、共に不急の事を諍う」
 (釈尊)


 “世の中の人は、目先のことばかりに心をうばわれて、
  無明の闇を破る人生の大事を知らない”



釈尊の警鐘乱打です。

死に直面しても絶対に裏切らないものは、
弥陀の本願以外にはありません。

ウソ偽りではない、本当の救いがあります。
なぐさめでも、ごまかしではない、本当の救いがあります。

ごまかしではなく、根本的な解決を求めるべきです。
根本的な解決を勧めるべきです。


 「噫、弘誓の強縁は、多生にももう、あいがたく、
  真実の浄信は、億劫にも獲がたし。
  たまたま行信を獲ば、遠く宿縁を慶べ。
  もしまた、このたび疑網に覆蔽せられなば、
  かえりてまた、曠劫を逕歴せん。
  誠なるかなや、摂取不捨の真言、超世希有の正法、
  聞思して遅慮することなかれ」
 (親鸞聖人)


 “ああ・・・・・・なんたる不思議か、
  親鸞は今、多生憶劫の永い間、求めつづけてきた
  歓喜の生命を得ることができた。

  これはまったく、弥陀の強いお力によってであった。
  深く感謝せずにおれない。
  もし今生も、無明の闇の晴れぬままで終わっていたら、
  未来永遠、浮かぶことはなかったであろう。

  なんとか早くこの真実、みんなに伝えねばならぬ、
  知らせねばならぬ。
  こんな広大無辺な世界のあることを”



 「まことだった! 本当だった!!
  弥陀の誓いにウソはなかった。
  みなみな、聞いてもらいたい、
  この親鸞が生き証人だ。
  早く、弥陀の誓願まことを知ってもらいたい」



私のつまらない言葉など聞く必要はありません。
釈尊、親鸞聖人のまことの叫びを聞いて下さい。

癌病棟の皆さんに、仏縁あらんことを念じています。

Re: 南無観世音菩薩

コメントを読まれた方々へ

ここのコメントのタイトルに
「南無観世音菩薩」 とありますが、
そのような言葉は、経典のどこにも書いてありません。

仏教・釈尊の教えではなく、造語であり、邪義です。
唱えたところで、なんの救いも利益もありません。

お釈迦さまが教え勧められたのは、

 「南無阿弥陀仏」


だけです。
仏教の結論として、

 「一向専念無量寿仏」
 (釈尊)


 “阿弥陀仏一仏に向かえ、
  阿弥陀仏だけを信じよ、念じよ”


と教えられる通りです。
このご縁によくよく知って下さい。

No title

死と向き合ってる人間(今回は僕自身ですが)に対して
あんまりなお言葉ですなぁ…苦笑。

がんという病気、再発・転移したら、そう助かるモノではありませんが
そうした患者に、怖いだろう、死ぬのは怖いぞ、などと
人の傷口に塩を塗るような事を言うのが、そんなにうれしいですか?


とはいえ、いくら教えを説いても
JJSGさんは怖くて怖くて仕方がないのでしょ

それなら、死と直接向き合っていても
さして怖くはない僕の方がマシじゃありませんか?

なお、観世音菩薩は、法華経に出て来ますが
お宅様の宗派では、いないことになっているのでしょうね。

まぁいいです。
僕はね、教義に照らして正しいかどうかではなく
その人なりの「心の平和」、安らぎこそが大事だと思います。

まぁ、それだけ言いたかったので。

Re: No title

癌ダム4Gさん

再びコメントありがとうございます。

癌ダムさんを含め、現実、
すべての人が死を恐れているではありませんか。

それを 「怖くないから大丈夫」
とウソを言ってごまかすのではなく、

 「今死ぬとなっても
  絶対に崩れない幸せがあるぞ」


と教えられている釈迦の教え、親鸞聖人の教えを、
経釈の根拠を示してお伝えしているのです。

ごまかしではない、まこと弥陀の救いがあるぞ、
と癌ダムさんを含め、苦しむ人たちにお伝えしたいのです。

死から避けて逃げるのではなく、
自分の心と真っすぐ向き合って下さい。

> とはいえ、いくら教えを説いても
> JJSGさんは怖くて怖くて仕方がないのでしょ


はい。その通りです。
ごまかしても仕方ありません。

だからこそ、この 「後生暗い心」 を解決したいと、
弥陀の救いを聞き求めずにおれないのです。

死に直面しても崩れない幸せ、
弥陀の救い、無碍の一道、絶対の幸福
の身になりたいと求めているのです。

> それなら、死と直接向き合っていても
> さして怖くはない僕の方がマシじゃありませんか?


本当に心底怖くないならいいですけど。。。
ごまかしは、臨終には木端微塵に吹っ飛びます。
私が言っているのではありません。
お釈迦さまが教えられている通りです。


> なお、観世音菩薩は、法華経に出て来ますが
> お宅様の宗派では、いないことになっているのでしょうね。


観世音菩薩が法華経に出てくることはもちろん知っています。
阿弥陀仏の慈悲を表す脇士ですから。

私は、観世音菩薩が経典に出てこない、
と言っているのではありません。

釈迦は、「南無観世音菩薩」 とは一言も仰っていません。
だから、造語であり、邪義だと言っているのです。
そんなことは 「称えよ」 と勧めておられない、と言っているのです。

「称・南無阿弥陀仏」 は経典にハッキリ仰っています。
「一向専念無量寿仏」 が釈迦の結論ですから。

> まぁいいです。
> 僕はね、教義に照らして正しいかどうかではなく
> その人なりの「心の平和」、安らぎこそが大事だと思います。


教義(経典)に照らして正しくなければ、
釈迦が教えられた本当の 「心の平和」「安らぎ」 は
絶対に得られませんよ。

教義に照らして正しくなければ、
ごまかしの 「心の平和」 「安らぎ」 しか得られません。
でも、そんなごまかしは、必ず崩れます。

崩れるものではなく、絶対に崩れない安心があるのだから、
真の安心・満足を求めて欲しいです。

最後に一つ。
「死と向き合っている人」 は癌患者だけではありません。
私もその一人です。
健康で元気な人も、常に死と隣り合わせです。

あなたが癌になってから今日まで、
どれだけ多くの方々が亡くなられたでしょうか。

人は、癌や病気で死ぬのではありません。
死は突然にしかやってきません。

 明日ありと 思う心の仇桜
  夜半に嵐の 吹かぬものかは


死を越えた絶対の幸福があります。
死に直面しても崩れない大安心・大満足があります。

釈迦がこれ一つ教えられた現存する弥陀の救い、
本当の幸せを求めて欲しいと願うばかりです。
JJSGより

No title

がんだむさんの意見にすごく共感します。。。
生きている意味なんてないと思うのが普通でしょうね。。。
といっても、
①わからないことは考えないめんどくさがり屋の人
②本当によくよく考え求めて人生の意味はないと結論付けた人
と二通りいると思います(がんだむさんは②でしょうね)。

私も生きている意味はないと思いながらも、いやもしかしたらあるんじゃないか二十数年ほとんど毎日考えてます(よかったら、私のブログを見てください)

宝くじのたとえがありましたが、一等何億円という宝くじを買うとき、買う人はべつに当たると確信して買っているわけじゃなく、当らないだろうけど、でも買わなきゃ当たる確率はゼロであり、とりあえず一枚でも買えば何億ものお金が手に入る確率が全くのゼロではないと思って買っていると思います。
私も人生の意味を考え続けてますがいつの日かわかる日が来るかどうか、ほとんと期待してませんが、でも考えないと絶対わからないと思って、かすかな期待を寄せて思索してます。。。。

とりあえず、今考えているのは、人間には理解できない神の計画があり、どんな苦しみも、どんな無駄に思えることにも、意味がある。末期癌の患者さんも、その当人にとってはつらい日々でも、家族や周りの人たちに何かしらの良い影響を与えているんじゃないか?と思います。

ガンダムさん、ガンダムさんの人生は最後まで意味があると思います(すみません、他人事みたいな感じに聞こえたら。。。)。

Re: No title

みゅうさん

コメントありがとうございます。

みゅうさんもガンダムさんも、
真面目に真剣に人生を考え、生きておられます。

ぜひとも、仏教、親鸞聖人の教えを聞いて、
知っていただきたい、と思うばかりです。

JJSGより
Secre

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プロフィール

JJSG

Author: JJSG
男 173cm 血 O型
1972年7月29日生
(42歳)

福岡県出身
愛知県一宮市で育つ
シンガポール居住を経て、
(2007.9~2013.3)
現在は、日本在住
(名古屋近郊)
職業: 平凡なEngineer

スポーツ大好き♪
(野球、バドミントン)
カラオケ大好き♪
(演歌最高!)

父は、鹿児島県出身。
母は、福岡県出身。
共に九州、浄土真宗門徒。

私も、仏教、親鸞聖人の教えを、少しずつ学んでいます。

禁煙 2009年1月4日~
半日断食 2009年7月~
(すっかりサボり気味。。。)
体重:
MAX 81.4kg 理想 63kg

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