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なぜ無明の闇が 苦悩の根元なのか

2012年9月30日(日)    71.8kg  19.8% 


Yu-30Sep2012-1


爆睡中。。。(><)




=== 今日の一日一訓 ===


 誤りを犯さないことを誇りとするよりも、
 誤りを直ちに改めることを誇りとしよう。


 




『正信偈』 親鸞聖人のみ教えを学んでいます。



「死んだらどうなるか」


何かでごまかさなくては生きていけない不安だ。
しかし、ごまかしはつづかない。

どうして 「後生暗い心」 が苦悩の根元なのか、
疑問に思う人が多いだろう。

だが、未来暗いと、どうなるか。


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例えれば、こうもいえよう。

三日後の大事な試験が、学生の今の心を暗くする。
五日後の大手術をひかえた患者に、

 「今日だけでも、楽しくやろうじゃないか」

といってもムリだろう。


未来が暗いと現在が暗くなる。


墜落を知った飛行機の乗客を考えれば、よくわかろう。
どんな食事もおいしくないし、コメディ映画もおもしろくなくなる。
快適な旅どころではない。

不安におびえ、狼狽し、泣き叫ぶ者もでてくるだろう。
乗客の苦悩の元はこの場合、やがておきる墜落なのだが、
墜死だけが恐怖なのではない。
悲劇に近づくフライトそのものが、地獄なのである。


未来が暗いと、現在が暗くなる。


現在が暗いのは、未来が暗いからである。
死後の不安と現在の不安は、切り離せないものであることがわかる。

後生暗いままで明るい現在を築こうとしても、
できる道理がないのである。

五十歳近くになったトルストイが、気づいたのもこのことだった。
今日や明日にも死がやって来るかもしれないのに、
どうして安楽に生きられるのか。
それに驚いた彼は、仕事も手につかなくなっている。



 こんなことがよくも当初において理解できずにいられたものだ、とただそれに呆れるばかりだった。こんなことはいずれもとうの昔から誰にでも分かりきった話ではないか。きょうあすにも病気か死が愛する人たちや私の上に訪れれば (すでにいままでもあったことだが) 死臭と蛆虫のほか何ひとつ残らなくなってしまうのだ。私の仕事などは、たとえどんなものであろうとすべては早晩忘れ去られてしまうだろうし、私もなくなってしまうのだ。とすれば、なにをあくせくすることがあろう? よくも人間はこれが眼に入らずに生きられるものだ。 --- これこそまさに驚くべきことではないか! 生に酔いしれている間だけは生きても行けよう、が、さめてみれば、これらの一切が --- ごまかしであり、それも愚かしいごまかしであることに気づかぬわけにはいかないはずだ!

(トルストイ著、中村白葉・中村融訳 『懺悔』)




愛する家族もいつか、この暗い死にぶつかるのだ。
そう思うと、生き甲斐であった家族や芸術の蜜も、
もう甘くはなかった。

作家活動は順調だったが、確実な未来を凝視した彼の世界は、
無数の破片にひびわれ一切が光を失った。


 「われわれは断崖 (危険) が見えないように、
  何か眼かくしをして平気でそのなかへ飛びこむ」


とパスカルはあやぶむ。

思えば私たちは、真っ暗がりの中を、突っ走っているようなもの。
「死んだらどうなるか」 未知の世界に入ってゆく底知れぬ不安を、
何かでごまかさなくては生きてはゆけない。

文明文化の進歩といっても、後生暗い心が晴れない限り、
このごまかし方の変化に過ぎないといえよう。

しかし、ごまかしは続かないし、なんら問題の解決にはならない。
何を手に入れても束の間で、心からの安心も満足もない、
火宅のような人生にならざるをえないのである。


なぜ生きる



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テーマ : よく生きる
ジャンル : ライフ

Comment

No title

息子さん大きくなられましたね。
パパさんを楽しんでいますか。

「死んだらどうなるか」誰にもわかりませんよね。
私は死ぬ時に『花のような一生だった』と言えるような生き方をしたいと思っています。
弟子が死後について質問した際に、釈尊は、『死んだ後の事を私は説かない、そんな事を考えるより今の瞬間瞬間を大切に一所懸命生きなさい』と弟子の質問に答えました。

釈尊が死後の事を説いたとしたら、私は仏教を信じませんでした。

 


Re: No title

UFOさん

コメントありがとうございます。
息子は9か月になり、すっかり重たくなりました。
元気にすくすく成長しており、うれしいかぎりです。

さて。
お釈迦さまは、死後について説いておられます。
UFOさんが知らないだけでしょう。

仏教の根幹は、三世十方を貫く因果の道理であり、
しかも、過去・現在・未来の三世を貫く道理だと、説いておられます。

今現在があるということは、過去世があったのであり、
今現在があるということは、未来世もある、ということです。
来世を後生といい、死ねば来世であり、後生です。

仏教の目的は、六道輪廻から出て離れることです。
聖道仏教(自力の仏教)も、浄土仏教(他力の仏教)も、
それは同じです。

そうでない、としたら、それはもはや仏教ではありません。

死ねばどうなるか、「後生はどうなるか」 は、
万人の大問題ですから、一大事といわれます。

その 「後生の一大事」 一つ教えられたのが仏教です。

後生に一大事があることと、
その解決方法を教えられたのが仏教です。

「死後」 なんて、私には関係ない、という人は、
明日のことなんか私には関係ない、どうだっていい、
と言っているのと同じです。

今晩死ねば、明日は後生です。
他人のことではありません。私自身の問題です。
仏教で、無常観を厳しく教えられるのはそのためです。

限られた命、人生、だからこそ、今の瞬間瞬間が大切なのです。
ではその限られた命は、なんのためにあるのか。
一生懸命生きることは大切ですが、
もっと大切なのは、どこに向かって一生懸命生きるか、です。
ただ一生懸命生きればいいのではありません。

何のために生きるのか。
なぜ苦しくても死んではいけないのか。

人間に生まれなければできない大事を果たすためです。
それを教えられたのが仏教です。

No title

「後生の一大事」は、
死後の一大事、
「死んだ後どうなるか?という最も大切な事」ではなく、

往生浄土の一大事
「後世の浄土往生という最も大切な事」、
と解釈すべきなのではないでしょうか?

浄土教は往生浄土を前提に説いているのではないでしょうか?

Re: No title

通りすがりさん

コメントありがとうございます。

後生の一大事は、死後どうなるかの大問題です。

生きている今、弥陀に救われた人は、
死後は、浄土往生です。
その意味では、おっしゃる通り、浄土往生の一大事です。

しかしながら、誰でも彼でも皆、
死んだら極楽浄土ではありません。


生きている今、弥陀に救われていない人は、
浄土往生できません。

自己の業にしたがって、
次生もまた苦しみの世界に堕ちていきます。
後生は一大事です。

弥陀に救われたら、死後はハッキリします。
ハッキリするまで仏法を聞き抜かねばなりません。
Secre

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いつも応援有難うございます

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プロフィール

JJSG

Author: JJSG
男 173cm 血 O型
1972年7月29日生
(42歳)

福岡県出身
愛知県一宮市で育つ
シンガポール居住を経て、
(2007.9~2013.3)
現在は、日本在住
(名古屋近郊)
職業: 平凡なEngineer

スポーツ大好き♪
(野球、バドミントン)
カラオケ大好き♪
(演歌最高!)

父は、鹿児島県出身。
母は、福岡県出身。
共に九州、浄土真宗門徒。

私も、仏教、親鸞聖人の教えを、少しずつ学んでいます。

禁煙 2009年1月4日~
半日断食 2009年7月~
(すっかりサボり気味。。。)
体重:
MAX 81.4kg 理想 63kg

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