「三つの心」 を 「一心」 に
2012.10.31
2012年10月31日(水) 72.4kg 21.5%

TOEIC 試験結果が届きました。
Total スコアは、610
990点満点だから、一般的にはあまりよくないのだと思いますが、
私は、自分自身ではよくできたほうだと思う。
ちなみに、シンガポールに赴任した会社の同僚で
TOEIC 受験したことがある人は皆、900点を越えている。
3人中、3人とも。。。
みんな、すごいね。
やっぱり、ちゃんと勉強しないとダメですね。
とにかくもっと速く読めるようにならないと、
時間足りなくて話にならんですな。。。(><)
=== 今日の一日一訓 ===
カメなりと たゆまなければ ウサギ超ゆ
『正信偈』 親鸞聖人のみ教えを学んでいます。
広由本願力廻向
為度群生彰一心
についてお聞きしています。
前回から続けます。
よろしければ下の 続きを読む をクリックして、続きを読んで下さいませ。
★★★

★★★
「阿弥陀如来の本願」 についてお聞きしていました。

阿弥陀仏は、 「十方衆生と約束する」 と誓われています。
「十方衆生」 とは、 すべての人のこと。
一切の差別なく、どんな人とも約束する、ということです。
その十方衆生 (すべての人) を、
「絶対の幸福にしてみせる」 とは、
本願のお言葉では、
「至心・信楽・欲生我国」
です。 これは、
「『至心』 という心にしてみせる、
『信楽』 の心にしてみせる、
『欲生我国』 の心にしてみせる」
ということで、
阿弥陀如来が本願に誓われている 「三つの心」 ですから、
「本願の三心」
ともいわれます。
では、この 「三つの心」 とはどんな心なのでしょうか。
これは阿弥陀如来が私たちと約束なされている救いの内容ですから、
極めて大切なことです。
初めの 「至心」 とは、 「まことの心」 ということ。
阿弥陀如来は、すべての人間は真実のかけらもなく、
常に不安で暗く苦しんでいる者、と見て取られました。
凡夫のマコトはマコトのないのがマコト。
私たちはまことの心がないために、
毎日が暗く不安な日暮らしをしている。
その私たちを 「まことの心にしてみせる」 ということは、
「大安心の明るい心」 にしてみせる、というお誓いです。
次に 「信楽」 (しんぎょう) の 「信」 は、
「まこと」 と読み、 「大安心の明るい心」 のこと。
「楽」 は 「大満足の楽しい心」 です。
ゆえに 「信楽」 とは、
「大安心・大満足の心」 にしてみせる、
という誓いのお言葉です。
最後の 「欲生我国」 (よくしょうがこく) とは、
「我が国に生まれられると欲う心」 と読み、
「我が国」 とは 「阿弥陀如来の極楽浄土」 のことですから、
「いつ死んでも浄土往生間違いなし、とハッキリした心」
「楽しい心」 のことです。
卑近な話であえて例えてみますが、
三日後に温泉旅行へ行く予定をしていると、
今からウキウキ、楽しい心になるでしょう。
まして弥陀の浄土は大宇宙で最も素晴らしいところ。
その浄土へ必ず往けるとハッキリした、
「大満足の楽しい心」 にしてみせると
誓われているのが 「欲生我国」 です。
すべての人を、この 「至心」 「信楽」 「欲生我国」
という三つの心にしてみせる、
というお誓いが 「阿弥陀如来の本願」 です。
ところが、愚鈍な私たちは、 「三つの心にしてみせる」 と言われると、
「三つのうち、どれを頂けばいいのか」
とか、
「先に何を頂けばいいのだろう。
順番に、まず 『至心』 を頂いて、
次に 『信楽』 になって、
それからだんだんと 『欲生我国』 の心が起きてくるのかな」
などと、迷ってしまいます。
本師本仏の阿弥陀如来の深い御心は、
私たちにはハッキリしません。
そこで、阿弥陀如来の御心をよく知られた天親菩薩は、
愚かな私たちにも分かるように、
弥陀が本願に誓われている 「三心」 を、
「信楽の一心」 と教えられたのです。
続きはまた次回。
★★★


TOEIC 試験結果が届きました。
Total スコアは、610
990点満点だから、一般的にはあまりよくないのだと思いますが、
私は、自分自身ではよくできたほうだと思う。
ちなみに、シンガポールに赴任した会社の同僚で
TOEIC 受験したことがある人は皆、900点を越えている。
3人中、3人とも。。。
みんな、すごいね。
やっぱり、ちゃんと勉強しないとダメですね。
とにかくもっと速く読めるようにならないと、
時間足りなくて話にならんですな。。。(><)
=== 今日の一日一訓 ===
カメなりと たゆまなければ ウサギ超ゆ
『正信偈』 親鸞聖人のみ教えを学んでいます。
広由本願力廻向
為度群生彰一心
についてお聞きしています。
前回から続けます。
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★★★



★★★
「阿弥陀如来の本願」 についてお聞きしていました。

阿弥陀仏は、 「十方衆生と約束する」 と誓われています。
「十方衆生」 とは、 すべての人のこと。
一切の差別なく、どんな人とも約束する、ということです。
その十方衆生 (すべての人) を、
「絶対の幸福にしてみせる」 とは、
本願のお言葉では、
「至心・信楽・欲生我国」
です。 これは、
「『至心』 という心にしてみせる、
『信楽』 の心にしてみせる、
『欲生我国』 の心にしてみせる」
ということで、
阿弥陀如来が本願に誓われている 「三つの心」 ですから、
「本願の三心」
ともいわれます。
では、この 「三つの心」 とはどんな心なのでしょうか。
これは阿弥陀如来が私たちと約束なされている救いの内容ですから、
極めて大切なことです。
初めの 「至心」 とは、 「まことの心」 ということ。
阿弥陀如来は、すべての人間は真実のかけらもなく、
常に不安で暗く苦しんでいる者、と見て取られました。
凡夫のマコトはマコトのないのがマコト。
私たちはまことの心がないために、
毎日が暗く不安な日暮らしをしている。
その私たちを 「まことの心にしてみせる」 ということは、
「大安心の明るい心」 にしてみせる、というお誓いです。
次に 「信楽」 (しんぎょう) の 「信」 は、
「まこと」 と読み、 「大安心の明るい心」 のこと。
「楽」 は 「大満足の楽しい心」 です。
ゆえに 「信楽」 とは、
「大安心・大満足の心」 にしてみせる、
という誓いのお言葉です。
最後の 「欲生我国」 (よくしょうがこく) とは、
「我が国に生まれられると欲う心」 と読み、
「我が国」 とは 「阿弥陀如来の極楽浄土」 のことですから、
「いつ死んでも浄土往生間違いなし、とハッキリした心」
「楽しい心」 のことです。
卑近な話であえて例えてみますが、
三日後に温泉旅行へ行く予定をしていると、
今からウキウキ、楽しい心になるでしょう。
まして弥陀の浄土は大宇宙で最も素晴らしいところ。
その浄土へ必ず往けるとハッキリした、
「大満足の楽しい心」 にしてみせると
誓われているのが 「欲生我国」 です。
すべての人を、この 「至心」 「信楽」 「欲生我国」
という三つの心にしてみせる、
というお誓いが 「阿弥陀如来の本願」 です。
ところが、愚鈍な私たちは、 「三つの心にしてみせる」 と言われると、
「三つのうち、どれを頂けばいいのか」
とか、
「先に何を頂けばいいのだろう。
順番に、まず 『至心』 を頂いて、
次に 『信楽』 になって、
それからだんだんと 『欲生我国』 の心が起きてくるのかな」
などと、迷ってしまいます。
本師本仏の阿弥陀如来の深い御心は、
私たちにはハッキリしません。
そこで、阿弥陀如来の御心をよく知られた天親菩薩は、
愚かな私たちにも分かるように、
弥陀が本願に誓われている 「三心」 を、
「信楽の一心」 と教えられたのです。
続きはまた次回。
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