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悔いなき人生の選択

2014年4月5日(土)    77.6kg  24.6% 


=== 今日の一日一訓 ===


 意地をはらず、
 「ごめん」 とあやまるほうがずっといい




何もかもが華やぐ春。
「第二の人生」 「新たな出発」 を迎える季節ですね。

 「未来をよりよくしたい」


それは、年齢や境遇に関係なく、誰もが抱く思いでしょう。
そんなあなたに仏教は、

 「限りなく明るい未来」


を約束しています。
そのための 「悔いなき選択」 とは何か。

親鸞聖人にお聞きしましょう。

よろしければ下の 続きを読む をクリックして、続きを読んで下さいませ。

★★★

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★★★

ある五十代女性向け雑誌に、

 「自由もある。 夢もある。 でも不安もある」


というキャッチコピーがありました。
仕事や子育てを終え、やっと手にした自由な時間を、
若い頃できなかった趣味や芸事に使いたいと考える人も多いでしょう。

ところが、しばらくやっても次第にむなしくなり、
後が続かなかったという話をよく聞きます。
夢や目標を達成した満足感は一時的で、やがて単なる記憶に変色します。

そんな目標だけを追い続ける一生は、どうなるでしょう。
目標を果たせば 「達成した」 という一時の満足はあっても、
時間とともに薄れ、またスタート地点に逆戻り。

「今度こそ。。。」 と、さらなる労苦が始まります。
一点の周りをグルグル回るのみで、「人間に生まれてよかった」 という
生命の歓喜には永久にたどり着けません。
考えてみれば、これは悲劇です。

安心・満足というゴールがなく、果てしなく同じ所を回り続けて苦しむさまを、
仏教で 「流転輪廻」  (るてんりんね)  といわれます。
流転も輪廻も、車の輪が回るように苦しみから離れ切れないこと。
人生の本質は 「流転輪廻」 であることを、中国の曇鸞大師という方は、

 「蚇蠖の循環するがごとし」 (浄土論註)


と例えられています。

蚇蠖 (しゃっかく) とは、尺取り虫です。
以前、円い桶に突き当たった尺取り虫が、
桶の周りをはっているのを見たことがあります。

伸びたり縮んだり、虫は虫なりに一生懸命ですが、
いつまでも桶を回り続けている姿には、何ともいえぬ悲哀を覚えました。

仏教では人間もこの尺取り虫と同じだと説かれているのです。

虫と同じ?そんなバカな、と思われるかもしれませんが、

 「人生は
  食て寝て起きて クソたれて
  子は親となる 子は親となる」

 「越えなばと
  思いし峰に きてみれば
  なお行く先は 山路なりけり」


毎日毎日、食て寝て起きてを繰り返し、
子は親となって、あっという間にじいさん、ばあさんとなる。
その間、受験や就職、結婚、マイホーム、ローン返済と、

 「この坂を 越えたなら
  しあわせが 待っている」


と信じて、幾つ坂(目標)を越えてきたことか。
果たして心からの幸せは得られたでしょうか。
どれも人生のゴールではなく、一時の通過点ではなかったでしょうか。

どこまで頑張っても本当の満足は届かない、
そんな人生を 「蚇蠖の循環するごとし」 と言われているのです。


長くなったので、続きはまた次回にします♪

★★★

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テーマ : 気になる!
ジャンル : ライフ

Comment

No title

その通りですね。

でも、まだ修行が足りないのか?
少し違うな…と思う自分も居ます。

それは、尺取り虫のような自分でも
決して同じところをぐるぐる回っている訳ではなく

苦労して一つ山を越えたら
その苦労した分くらいは身に沁みて賢くなっており

時ないは、バカだから同じ過ちを繰り返す事はあっても
それなりに段々と「まともになって行く」モノだなぁ…と

自分ではなく、育てた部下たちや、生徒さんたち
そして供たちの成長を見ていても、客観的にそう思います。

>どこまで頑張っても本当の満足は届かない、
>そんな人生を 「蚇蠖の循環するごとし」 と言われているのです。

だからこそ、そんな戒めの一つとして
「一期一会」という概念があるのだと思います。
そうした意味ではJJSGさんは修行ではなく「覚悟」が足りない。
もっと自分に厳しく行きましょう。
(人には優しく、自分に厳しく…ですよ・笑)

すべてをお釈迦さまにゆだねる「他力本願」の思想は
自分ではどうにもならない、身分制度のもとで発達した思想です。
(今でも、北朝鮮などではそうなのでしょうか…)

他方いまの日本は、頑張ればそれなりのチャレンジが可能な
「自力本願」の世界ですね(僕だって仏教徒です・苦笑)

診意味な仏教論争等はともかく
自分で頑張らなければ、メタボも治らないし
お金も稼げない、家族も幸せにできない…

そして、それでも心の満足が得られなくて「虚しい」のが人生です。

だから、僕は後から来る「同じがん患者さん」たちの為に
自分のブログを書いています(廻り廻って自分の為ですね・笑)

ただね「未来をよりよくしたい」訳ではなく
悔いなく旅立ちたいだけなんですね(JJSGさんには50年早いか・笑)


>意地をはらず、「ごめん」 とあやまるほうがずっといい

素直な心で、謝る勇気はとても大切ですが
謝れば済む、謝って済ます…という癖が付くのも考えもの
(いまの多くの会社員の皆さんに、言える事ですが…)

随分と昔ですが、五木博之さんの小説
そしてフォーククルセダーズの歌で
「青年は荒野を目指す」というもがありました。

JJSG酸にも、そうしたハートを思い出していただければ幸いです。

Re: No title

癌ダムさん

いつもコメント下さり、ありがとうございます。
実は、癌ダムさんからのコメントを楽しみにしている私でございます♪

私には「覚悟」が足りないのはその通りだと思います。
おっしゃる通り、私はダメダメです。
自分でも日々そう思います。

コメントでいろいろ思うところはいろいろありますが、
細かいところはそのまま受け止めるとして、ひとつふたつだけ。

「他力本願」の正しい意味を知られないようですので、ぜひこの機会に知ってください。
「他力本願」とは、「すべてをお釈迦さまにゆだねる」という意味ではありません。
世間でよく使われる、「自分以外のものや他人のふんどしで相撲を取る」
といった意味でもありません。

お釈迦様が教えられた「他力」とは、「阿弥陀仏のお力」のことです。
仏教で「他力」とは、阿弥陀仏のお力以外には使いません。
「他力本願」とは、「阿弥陀仏の本願」のことです。
ぜひこの機会に知って下さい。

仏教は因果の道理を根幹とした教えですので、
自分が頑張って努力すれば、すべて自分にその努力の結果が返ってくる、
という教えですので、癌ダムさんの言うとおりです。
「無駄な努力は一切ない」と教えられたのがお釈迦さまです。

そのお釈迦様が教えられた仏教は、弥陀の本願一つ教えられるために説かれたものばかりです。
「他力」(真実)に出るには「自力」(方便)を通らなければ絶対に出られません。
どういう意味かというと、弥陀の本願に救われるには(他力の世界に出るには)、
必ず自力を通る、ということです。
「従仮入真」と教えられますが、「仮」(方便)より「真」(真実)に入る、ということ。
「自力」より「他力」に入る、ということです。

すべての人を「他力」に導くために、阿弥陀仏は善(自力)を勧めておられます。
その弥陀のみ心に従って、お釈迦様も善(自力)を勧めておられます。

お釈迦様の45年の教え、七千余巻の一切経は、
すべて「他力」に出させるための方便(自力)です。

難しいところですが、少しでも仏教を説かれたお釈迦様のみ心が伝われば、と思います。

No title

僕は不毛な宗教論議などするつもりもありませんし
「他力本願」の正しい意味…など、どっちでもいいし
何の興味もありません。(すみませんね)

心配なのはJJSGさんの
> おっしゃる通り、私はダメダメです。
…というような事に対して、しっかりしなさい!と
言いたいだけなんですよ(笑)

もちろん実社会の中のJJSGさんと
ブログの中のJJSGさんは、別物なのでしょうが
それでもなお
自分の弱さの言い訳に「他力本願」を使う
弱い自分を正当化する気持ちなどが、
絶対にあってはいけないと思う訳ですね。

少なくともJJSGさんには、そんな人間になって欲しくないと思います。



Re: No title

癌ダムさん

再びコメントありがとうございます♪
「他力本願」の正しい意味、興味がなくても、
知っていただくいい機会となったこと、うれしく思います。
まあ、頭の片隅にでも、置いておいて下さい。

> 心配なのはJJSGさんの
> > おっしゃる通り、私はダメダメです。
> …というような事に対して、しっかりしなさい!と
> 言いたいだけなんですよ(笑)

ご心配下さり、ありがとうございます。

> 自分の弱さの言い訳に「他力本願」を使う
> 弱い自分を正当化する気持ちなどが、
> 絶対にあってはいけないと思う訳ですね。


全くその通りです。
自分の弱さの言い訳に「他力本願」(阿弥陀仏の本願)を使うなど、
そんな気持ちはさらさらありません。

「他力本願」の正しい意味はご説明した通りですので、
自分の弱さの言い訳に使うなどありえません。

私は仏教徒であり、親鸞学徒ですから、
常に極めて前向きであり、向上心旺盛であります。
一歩でも半歩でも前進できるよう、日々努力しています。

その上で、日々自分自身を振り返ると、
ダメダメだなぁ、と反省し、もっともっと努力せねば、
とますますがんばらずにおれなくなるわけです。

そんな感じの私ですが、今後ともよろしくお願いします。

No title

ちょっと安心いたしました。
いつも、口が悪くてすみませんね(苦笑)
それも貴君を応援するが故…と、お許しいただければ幸いです。

「他力本願」…僕の理解では
<人事を尽くして天命を待つ>ということわざの
天命の部分かなぁ…などという、適当な理解ですが
難しい仏教論議は別として、
イメージ的に大筋間違ってますでしょうか?さて…

ところで、僕は臨済宗(妙心寺派)ですが、
比較的強く、渡来仏教の面影を残した宗派のように思います
お教等を読み、仏教に興味を持ったのは、父が死んでからですが
考えてみれば仏教の教えに共感したというより
ゴータマ・シッタルダの生き方の共感したという方が正しいのかも知れません。

それはともかく、最近では
望んで受けた受難や修行ではありませんが
癌で苦しむこの地獄のような苦行って
なんだか、シッタルダの原点に近いような気もしてなりません。

大日如来様とか、毘沙門天なんぞにはなれなくても
仏様…位なら、修行したらなれるのかなぁ…とか(苦笑)
まぁ、なれる訳もありませんが
せめて、がん患者さんたちの、何かの役に立つとか
多少なりとも心の支えくらいになれれば…なんて思う訳ですね。

JJSGさんも、シッタルダを目指してみませんか?

Re: No title

癌ダムさん

いつもコメントありがとうございます♪
2泊外出しておりまして、遅くなりました。

癌ダムさんからの厳しいご指摘はこれまで何度も頂いてきて、
だいぶ慣れたかな、と思います。(笑)
厳しい中にもやさしさを感じますので、有難く思っています。

> 「他力本願」…僕の理解では
> <人事を尽くして天命を待つ>ということわざの
> 天命の部分かなぁ…などという、適当な理解ですが
> 難しい仏教論議は別として、
> イメージ的に大筋間違ってますでしょうか?さて…
>

私も難しい仏教論議は嫌いです。
というより、難しい議論は多くは「戯論」であり、
時間の無駄ですので、そういう議論はしたくありません。

仏教は、お釈迦様の説かれた教えですので、
その正しい解釈、理解はお釈迦様の教えに忠実にならねばなりません。
禅問答のように簡単なことを難しく考えるのではなく、
教えの通り、理解することが極めて大切だと心得ております。

そこで、「他力本願」ですが、
「他力」とは、「阿弥陀仏のお力」のみをいい、
それ以外に「他力」という言葉を仏教では使いません。
お釈迦様がそう教えられている、とまずご理解下さい。

そうすると、癌ダムさんの理解は間違っている、
ということがお分かり頂けると思います。

今まで聞いたことがない、知らないのだから仕方ないと思います。
世間一般で使われている「他力本願」は、
仏教の正しい意味からは完全に間違っていることをご理解下さい。

<人事を尽くして天命を待つ>の「天命」の部分でもありません。
仏教では「阿弥陀仏のお力」のことを「天命」とは決して言いません。

お釈迦様の教え(方便)に従えば、必ず阿弥陀仏の本願他力に導かれます。
お釈迦様は、そのように教え導いておられます。
お釈迦様の教えに従って、自力いっぱい求めていくと、
「一向専念無量寿仏」のお釈迦様の教えの結論に導かれます。
(「阿弥陀仏一仏に一向専念する」、ということ)

難しい議論ではなく、お釈迦様の教えの通り、です。

お釈迦様の生き方に共感されたとのこと。
素晴らしいですね。
お釈迦様の生き方に共感されたなら、
お釈迦様の教えにもきっと共感されると思います。

癌ダムさんのブログはたくさんの方々の心の支えになっていると思います。
間違いありません。素晴らしいことだと思います。
ただ、だからといってそれで「仏」にはなれませんが。。。(><)
仏になるということは、「仏」のさとりを開く、ということです。
大日如来も「仏」のさとりを開かれた諸仏の中の一仏です。
お釈迦様も同じ諸仏の中の一仏。薬師如来も同じ諸仏の中の一仏。
仏様は、それぞれ別の仏様ですが、「仏のさとり」ということでは同じです。

大宇宙にはそれらたくさんの仏様がおられます。
それを 「三世十方の諸仏」 といいます。 単に「諸仏」とも言います。
阿弥陀仏はそれら諸仏方の師匠の仏だと、お釈迦様は教えておられます。

 「阿弥陀如来は、三世十方の諸仏の本師本仏なり」

 「諸仏の中の王なり」

 「最尊の仏、阿弥陀如来」


このように、お釈迦様は阿弥陀仏のことばかり、褒め称えておられます。
当然です。お釈迦様の師匠であり、大宇宙すべての仏の師匠ですから。
弟子が師匠の褒め称えるのは当然ですからね。

> JJSGさんも、シッタルダを目指してみませんか?

はい、ぜひ目指したいと思います♪

No title

あのね…

「お釈迦様」だろうが「天の神様」だろうが「大日如来」だろうが
そんなことは、JJSGさんに取っても、僕にとっても
どっちだっていい事なんです…そろそろ気付いてください(苦笑)。

誰だか、なんだか解からないけれど
僕らを導いてくれている(…かどうかは知りませんが)
僕たちより「上位」の存在を
便宜上、名前を付けて読んでいるだけの事なんですよね。

たとえばヒンドゥ教の場合は、お釈迦さまだって
ヒンドゥ16神のお一人…だそうです。
インド人の阪大教授に聞きましたからそういい加減な話ではありません

仏教の教えというのは、シッタルダさんも含めて
元々は「自力本願」がベースの思想で
後から生まれた「他力本願」というのは、どことなくキリスト教に似て
神=御本尊を絶対視する思想ですから
ゴータマさんに共感する僕としては、どうもしっくりなじみませんが
それはともかく、そんなことはどうでもいいので

お釈迦様のように、あまねく世を照らす存在にはなれなくても
せめて、誰かの、何かの役に立つ人にはなりたいものですよね。

仏になれなくても、それはそれで結構
それでも人の役に立ちたいと思って、どこがいけないのでしょう?

Re: No title

癌ダムさん

たくさんコメントありがとうございます。
癌ダムさん節炸裂ですね。(笑)

癌ダムさんこそ、自己矛盾に気付いてください。
あなたのコメント、完全に矛盾してますよ。
癌ダムさんは頭いいですから、もう一度読み返したら、気づくと思います。

さて。
お釈迦様はヒンドゥー教の16神の中の一人だったんですね。
勉強になります。さすが、阪大教授!
あまりにもお釈迦様が偉大で尊いので、ヒンドゥー教の人々が神の一人に加えたのかな。
お釈迦様を16神の一人に加えるのは勝手ですが、大切なのは釈迦が45年間何を教えたか、
それを理解することのほうが大切なんですけどね。。。

なんでもかんでも尊いと思ったものを神にして崇めればいいってもんではない。
日本人にも、そういう風潮がありますけどね。。。

さてさて。
便宜上、名前を付けて呼んでいるだけ、というのはその通りですが、
全く別のものとしてハッキリ区別するために名前を付けるんです。

「お釈迦様」と「天の神様」と「大日如来」は名前が異なるだけで、
同じものだ、といいたいのなら、それは完全に間違いです。
同じものではない、全く別の存在ですから、名前も異なるのです。
キリスト教の神も、イスラムの神も、どの宗教でも結局は同じだ、
というなら、それは全く幼稚な考えで、浅はかで、いいかげんで、無知です。
阪大の教授に聞いてみたらいかがですか?

それから、自力の教えも、他力の教えも、釈迦の教え(仏教)です。
自力と他力は、全く別の、独立した教えではありません。
「自力がベースで、他力が後から生まれ」、ということでもありません。

釈迦の教えは一つです。
釈迦は、他力に導くために、まず自力を教えられたのです。
自力からしか他力には入れません。

 「一向専念無量寿仏」(阿弥陀仏一仏に向え、専念せよ)


これは釈迦のお言葉です。
これが、釈迦45年の教え、仏教の結論です。

自力が釈迦の教えで、他力本願は、後から誰かが作り出した教え、
という学説もあるようですが、全く仏教に無知なバカげた珍説です。

仏教は釈迦の教えであり、釈迦の教えの通りに理解すべきで、
各人が好き勝手に解釈するものではありません。

> お釈迦様のように、あまねく世を照らす存在にはなれなくても
> せめて、誰かの、何かの役に立つ人にはなりたいものですよね。

私もその通りだと思いますよ。
それに、癌ダムさんは人の役に立ってますし、世の中の役に立ってると思います。
立派な方だと、私は癌ダムさんを尊敬しています。

> 仏になれなくても、それはそれで結構
> それでも人の役に立ちたいと思って、どこがいけないのでしょう?

何か誤解、勘違いされているようで。。。
人の役に立ちたいと思っていいですし、いけないどころか、素晴らしいことです。
大いに人の役に立てるよう、努力すべきだと思います。
私もそうありたいと思っています。
Secre

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プロフィール

JJSG

Author: JJSG
男 173cm 血 O型
1972年7月29日生
(42歳)

福岡県出身
愛知県一宮市で育つ
シンガポール居住を経て、
(2007.9~2013.3)
現在は、日本在住
(名古屋近郊)
職業: 平凡なEngineer

スポーツ大好き♪
(野球、バドミントン)
カラオケ大好き♪
(演歌最高!)

父は、鹿児島県出身。
母は、福岡県出身。
共に九州、浄土真宗門徒。

私も、仏教、親鸞聖人の教えを、少しずつ学んでいます。

禁煙 2009年1月4日~
半日断食 2009年7月~
(すっかりサボり気味。。。)
体重:
MAX 81.4kg 理想 63kg

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