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親鸞聖人報恩講7(最終回)

2014年11月11日(火)    74.5 kg  21.0 % 


=== 今日の一日一訓 ===


 「相手が間違い。自分が正しい」

 相手を一方的に責める気持ちをリセットしてみよう。

   




親鸞聖人の教えを学んでいます。


報恩講で聞かせて頂いた

 「御正忌の御文章」


について、最終回です。


よろしければ下の 続きを読む をクリックして、続きを読んで下さいませ。

★★★

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★★★

親鸞聖人の御恩に報いる集まり
が 『報恩講』
親鸞聖人の最も喜ばれることは、

 信心獲得
 (しんじん ぎゃくとく)


することだと、教えて頂きました。

この 「信心」 とは、
凡夫自力の迷心ではない、
すなわち、私たち人間の心で
何かを信ずることではなく、
阿弥陀仏から頂く 「仏心」 。

この仏心とは、阿弥陀仏の大慈悲心であり、
その弥陀の大慈悲心によって、

 「どんな人も 聞くだけで
  必ず絶対の幸福に助ける」


と誓われたのが、阿弥陀仏の本願。
その本願(約束)を果たすために
弥陀が造られたのが、

 「南無阿弥陀仏」 の六字名号


その 「南無阿弥陀仏」 の名号には、
私たちの闇の心をぶち破って、
絶対の幸福に助ける働きがある。
それを漢字四字で表したのが、

 破闇満願
 (はあん まんがん)


その六字名号 「南無阿弥陀仏」 を
一念で受け取ったときが、
信心獲得したときだと、
教えて頂きました。

つまり、信心獲得とは、
弥陀が私に与えるために造られた
「南無阿弥陀仏」 の名号を、
私が受け取って、私のものとなったこと。

阿弥陀仏は、私たちに与えるために、
「南無阿弥陀仏」 の名号を造られました。

その名号は、
「聞くだけで」 受け取れるように、
つくられています。

「南無阿弥陀仏」 の名号は、
弥陀の手元にすでに完成しています。

あとは私たちが 「聞く一つで」、
弥陀から受け取るだけです。

「南無阿弥陀仏」 を私が一念で受け取ったとき、
信心獲得、絶対の幸福になれる。
そのとき、いつ死んでも弥陀の浄土に往って、
仏に生まれること間違いなし、とハッキリする。

この一念のとき、浄土往生が確定するから、

 「往生極楽」
 「往生一定」


ともいう。

信心獲得とは、
私が「南無阿弥陀仏」を受け取って、
往生極楽の身になったこと。

では、どうすれば、
「南無阿弥陀仏」 の名号を
私は受け取れるのか。


「聞くだけで」
 受け取れるように
弥陀が造って下さいましたから、
親鸞聖人も蓮如上人も、

 「仏法は聴聞に極まる」


と教えられています。

私たちは 「煩悩具足の凡夫」 で、
手も足も動かない、口も開かない、
薬があっても飲む力もない、
瀕死の重病人ですから、
弥陀は、「聞くだけで」 受け取れるよう、
「南無阿弥陀仏」 の名号を造られました。

だから、 「聴聞に極まる」 と教えられています。
「聴聞に限れり」 ということです。
聞いて、聞いて、聞きぬくしかない、ということ。

「聴聞」
 とは、
「聴」 も 「きく」、 「聞」 も 「きく」。
この 「聴」 と 「聞」 は、全く異なる。

親鸞聖人はどう聞くのか、
ハッキリ教えておられます。


 『聞』 いうは衆生、仏願の生起本末を聞きて、疑心有ること無し。
 これを 『聞』 というなり。

 (教行信証)




 『聞く』 とは、阿弥陀仏の本願の生起・本末を聞いて、
 ツユチリほどの疑心もなくなったことをいうのである。



「生起」
 とは、
阿弥陀仏はどんな者のために
本願を建てられたのか、ということ。

「本末」
 とは、
どのように救うと、弥陀は誓われているか。


阿弥陀仏の本願のターゲットは、
「煩悩具足の凡夫」

です。


 凡夫というは、無明煩悩われらが身に満ち満ちて、欲も多く、怒り、腹立ち、そねみねたむ心おおく間なくして、臨終の一念にいたるまで止まらず、消えず、絶えず。

 (一念多念証文)




「煩悩のかたまり」、「煩悩100%」
の者であり、病人でたとえれば、
世界中の医者に、とても助けることは出来ない、
と見捨てられた、瀕死の重病人です。

そんな信ずる力もない者を助けるために、
「聞くだけで」 受け取れるように
「南無阿弥陀仏」 の六字の名号を造られた。

釈迦一代の教え仏教は、
この 「南無阿弥陀仏」 の六字を
私に受け取らせるために説かれた教え。

つまり、仏願の生起・本末で
仏教のすべてです。

この仏願の生起・本末を聴けば、
必ず、疑いの心が起きてきます。

阿弥陀仏の本願を疑う心を
「疑情」 といい、 「自力の心」 ともいい、
単に 「自力」 ともいいます。

「聴聞」 の 「聴」 は、
この弥陀の本願に疑いの心があるままで、
仏願の生起・本末を聴くこと。

「どうすれば、受け取れるのか」
「どう聞けばいいのか」
「どうすれば、どうすれば」
と疑いの心で聴くのが 「聴」。

釈迦が一代説かれた
「仏願の生起・本末」 を聴くのです。

では、いつまで聴けばいいのか。
いつまで聴くのか。

 「仏願の生起・本末に
  疑心有ること無し


とハッキリ知らされるところまで聴くのだと、
親鸞聖人はハッキリ教えておられます。

「どうすれば、どうすれば」
と疑いの心で仏願の生起・本末を聴いていくと、

 「そのまま助けるぞ」


と弥陀の直の呼び声が聞こえた時が 「聞」。
「聞」 と聞いたときが、
南無阿弥陀仏を頂いた一念のときであり、
破闇満願、自力の心 「闇」 がぶち破られ、

 「弥陀の本願まことだった!」


とハッキリ知らされる。
そのとき、弥陀の本願に対する疑いは破られ、
金輪際、疑いがなくなる。
弥陀の本願に、ツユチリほどの疑いもなくなる。

これが、 「疑心有ること無し」 の 「聞」 である。
親鸞聖人は、

 「弥陀五劫思惟の願をよくよく案ずれば、
  ひとえに親鸞一人がためなりけり」


と感泣なされています。

29歳 信心決定された親鸞聖人

この 「聞」 まで仏願の生起・本末を聞き抜いてくれよ。
一日も早く 「他力の信心獲得」 してくれよ。

弥陀の仏心・大慈悲心である、
「南無阿弥陀仏」 を早く受け取ってくれよ、
と親鸞聖人は願っておられます。

「信心獲得」 して、
親鸞聖人と同じ喜びの身になることこそが、
親鸞聖人の最も喜ばれることであり、
真の報恩講 (御正忌) になるのだと、
蓮如上人は教えて下さったのが、

 「御正忌の御文章」


です。

最後にもう一度、原文を載せておきます。
蓮如上人の御心を味わって下さい。


  抑、この御正忌のうちに参詣をいたし、志を運び、報恩謝徳をなさんと思ひて、聖人の御前に参らん人の中に於て、信心を獲得せしめたる人もあるべし、また不信心の輩もあるべし。以ての外の大事なり。

  その故は信心を決定せずば、今度の報土の往生は不定なり。されば不信の人も速かに決定の心を取るべし。人間は不定の境なり、極楽は常住の国なり。されば不定の人間に在らんよりも、常住の極楽を願ふべきものなり。されば、当流には信心の方をもって先とせられたる、その故をよく知らずば徒事なり。急ぎて安心決定して、浄土の往生を願ふべきなり。

  それ、人間に流布して、皆人の心得たる通は、何の分別もなく、口にただ称名ばかりを称へたらば、極楽に往生すべきやうに思へり。それはおほきに覚束なき次第なり。他力の信心を取るといふも別の事にはあらず。 「南無阿弥陀仏」 の六つの字の意を、よく知りたるをもって信心決定すとはいふなり。そもそも信心の体といふは、『経』 にいはく、 「聞其名号・信心歓喜」 といへり。善導のいわく、 「南無というは帰命、またこれ発願廻向の義なり。阿弥陀仏というは即ち其の行」 といへり。 「南無」 といふ二字の意は、もろもろの雑行を棄てて、疑なく一心一向に阿弥陀仏をたのみたてまつる意なり。
  さて、 「阿弥陀仏」 といふ四の字の意は、一心に弥陀を帰命する衆生を、やうもなく助けたまへる謂が、即ち阿弥陀仏の四の字のこころなり。されば、南無阿弥陀仏の体を此の如く心得わけたるを、信心を取るとはいふなり。これ即ち他力の信心をよく心得たる念仏の行者とは申すなり。
  あなかしこ  あなかしこ。




「御正忌」 (ごしょうき) とは、報恩講のことです。

親鸞聖人の御恩に報いたいと、
報恩講に集まってこられた方々に、
蓮如上人がおっしゃいました。

この中には、 信心獲得  (しんじん ぎゃくとく)
している人もあるでしょう。
まだ 信心獲得 していない人 (不信心の輩) もあるでしょう。

まだ 信心獲得 していない人は、
以ての外の大事ですよ。


なぜなら、信心決定 (信心獲得) しなければ、
死んで極楽浄土 (報土) に往生することはできませんよ。

だから、まだ信心獲得していない人 (不信の人) は、
早く信心獲得して (決定の心を取る) 下さいよ。

人間は苦しみ悩みが次から次とやってきて、
どれだけ幸せを求めても、安心満足できません。 
(人間は不定の境)

極楽は、大安心大満足のところ。
(常住の国)

だから、諸行無常で、安心満足できず苦しみ悩むよりも、
大安心大満足の極楽浄土を願うべきでしょう。

親鸞聖人の教え (当流) では、
信心獲得することが (信心の方をもって)
一番大事なこと (先) なのですよ。

そのことをよく知らねば、
親鸞聖人の報恩講にせっかく参詣されても、
意味がありませんよ。

早く信心獲得 (安心決定) して、
いつ死んでも極楽浄土に往生できる身に
なって下さい。



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プロフィール

JJSG

Author: JJSG
男 173cm 血 O型
1972年7月29日生
(42歳)

福岡県出身
愛知県一宮市で育つ
シンガポール居住を経て、
(2007.9~2013.3)
現在は、日本在住
(名古屋近郊)
職業: 平凡なEngineer

スポーツ大好き♪
(野球、バドミントン)
カラオケ大好き♪
(演歌最高!)

父は、鹿児島県出身。
母は、福岡県出身。
共に九州、浄土真宗門徒。

私も、仏教、親鸞聖人の教えを、少しずつ学んでいます。

禁煙 2009年1月4日~
半日断食 2009年7月~
(すっかりサボり気味。。。)
体重:
MAX 81.4kg 理想 63kg

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