スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

巌頭の感

2009年6月13日(土) 体重67.8kg 体脂肪18.7%

昨日はブログ更新をさぼっちゃった♪
というのも、昨日は仕事の後、会社の人と日本料理店で食事、そして、久々にスナックへ!!

日本料理店で、おいしい料理を堪能して、ビールジョッキ1杯、麦焼酎ロック、イモ焼酎ロック。
そして、スナックでブランデーをロック、ストレート、ロック、・・・。
飲んで、歌って、踊らずにおとなしく座って英会話レッスン。

やっぱり、飲み過ぎました~♪

そして、やっぱり飲み過ぎた翌日の体重は激減している。
不思議だなぁ。。。 これを「スナックの法則」と名付けました♪(笑)

さて。
今日は、「巌頭の感」について書いてみようかな。
「がんとうのかん」って読みます。

知ってます?

これは、藤村操(ふじむらみさお)の遺言です。

明治36年5月22日、一人の青年が日光華厳の滝で投身自殺しました。
当時旧制一高に西洋哲学を学んでいた18歳の青年。
それが、藤村操です。

華厳の滝で、彼は巌頭の大樹の幹を削り、毛筆で遺言を記しています。
その遺言を、「巌頭の感」といいます。

 「悠々たるかな天壌、遼々たるかな古今、五尺の小軀(しょうく)をもってこの大をはからむとす。
  ホレーショの哲学、ついに何等のオーソリティに価するものぞ。
  万有の真相は唯一言にして悉す(つくす)。
  曰く 『不可解』
  我この恨みを懐いて煩悶ついに死を決す」


遺体は2か月後の7月2日、滝壺で発見されました。
この藤村操の自殺は当時の社会に一大センセーションを巻き起こした。
明治初期、「デカンショー、デカンショーで半年暮らす」 と謳いはやされるほど熱狂して受け入れられた西洋哲学。
「デカンショー」とは、フランスのカルト、ドイツのカント、ショーペンハウエル、いずれも高名な哲学者ですが、その3人の名前から作られた言葉です。
デカルト、カント、ショーペンハウエルの哲学を学んで半年暮らし、あとの半年は寝て暮らす、当時の学生気質を歌っています。
その西洋哲学を学んだ青年の結論は何であったか。

 「人生不可解」

巌頭の感はそう言っています。
藤村操は真剣に人生をみつめ、考え、探求したのだと思います。
つまり、「人生の目的」を真剣に追求したのでしょう。
そうでなければ、あの「巌頭の感」は書けないと思います。

「悠々たるかな天壌」
人間の存在に比べて余りにも大きな天地自然。

「遼々たるかな古今」
わずか50年か100年の、はかない人間の寿命に比べれば、人類の歴史は、すでに何千年と続き、これからも何千年と続いていくであろう。

「五尺の小軀をもってこの大をはからむとす」
五尺の体で、自己の人生の意義を考えてみた。

「ホレーショの哲学、ついに何等のオーソリティに価するものぞ」
西洋哲学は、結局私に何も教えてくれなかった。何も与えることのできない哲学に、どうして学問としての権威があるであろうか。

「万有の真相は唯一言にして悉す。曰く 『不可解』」
得られた結論は一言にして言える。即ち、人生不可解。
人間が何のために生まれ、何のために生きているか、人生の目的はまったく不可解である。

彼は、「人生不可解」を命をかけて表現したのだと思います。
その最期は、大和桜の散りぎわにも似て、悲愴かつ華麗でさえあった。
それまで自殺と言えば、武士の切腹か、恋愛の果ての無理心中しか知らなかった当時の人々は、この哲学的自殺に衝撃を受けました。
いちばん大きく動揺したのは当然、同年配の青年層でした。
後を追うように村岡美麻なる女学生が自殺。
その遺体もまだあがらぬ華厳の滝に早大生の梶田実が投身。
以来、人生不可解を煩悶する自殺志願が流行して、以後4年間に華厳の滝に投身した者は、実に185人にものぼる。
これにより、哲学をすると自殺する、という印象が確立し、世の親たちは、子供に哲学を学ばせないようになったといいます。
こうした例からも分かりますが、人生の目的を探求する青年は、哲学に大いに期待を持ちます。しかし、結局は何も得られない。
あのロシアの大文豪トルストイも、30代後半に人生の意義に悩み、懸命に西洋哲学の文献をあさった後の苦々しい心境を次のように告白しています。

 「哲学は、『我とは何ぞ?全世界とは何ぞ?』という難問に対して、すべてである。そして皆無である、と答え得るばかりであり、また、『何故に?』という疑問に対しては、『その点は知らない』と答えることができるだけである。こういう次第で、如何ほど哲学の理論上の解答をひねくり回してみても、私はどうしても解答らしい解答を何一つ得ることができなかった。即ち『我が生存の意義なんてものは何もない。我が生活から如何なるものが生まれて来るか?何も生まれてこない。何故に存在するところのすべてのものが存在するのか、またこの私は存在するのか?存在するから存在するのだ』 哲学からはこういう解答しか得られないことを私はさとり得たのだった」(『懺悔録』)

これも、やはり哲学の無力さを痛感したトルストイの言葉です。
ギリシャのソクラテスから始まり、現代のハイデッガーやサルトルに至るまで、無数の思想家を生み出した西洋哲学。無数の哲学とは言いかえれば、他を圧倒する哲学が一つもなかった結果、とも考えられないでしょうか。
しかし、東洋の歴史においては、”無数の哲学者”が生まれる余地はなかった。
仏教という比類なき太陽の前に、人智の生み出す小賢しい哲学など、ただちに光を失ってしまったからでしょう。

仏教こそ、人生の意義目的を解明した無上の教え、真実の教えです。
藤村操よ、なぜ仏教を求めなかったのか!
藤村操だけでなく、すべての人に真実の仏教を知ってもらいたい、と願うばかりです。

wasedamanさんのブログで、「いろは歌」について連載されています。
とってもわかりやすい、へぇ~、ほぉ~、と思わずうなる内容です。
ぜひ読んでみて下さいね。

第1回目: いろは歌
第2回目: いろは歌(色は匂えど散りぬるを ①)
第3回目: いろは歌(色は匂えど散りぬるを②)
第4回目: いろは歌(我が世誰ぞ常ならん①)


  今日もここ、ポチっと押してくださいね♪
にほんブログ村 その他日記ブログ 気ままへ
          にほんブログ村

テーマ : コレ知ってる?
ジャンル : ライフ

Comment

家でカールというスナック菓子を食べて、夜はスナックで飲む。
そうすると痩せる。
「スナックの法則」おそるべし(笑)

こんばんは。
18歳でありながら、スゴイ影響力のある人だったんですね。
人生不可解かぁ、不可解だから面白いと思うんですけど。

ポチッ!

藤村操、トルストイ、そして芥川や太宰、これらの人たちに、是非、真実の仏教を聞いてほしかった。
仏縁あって仏説にふれたなら、きっと感動したに違いない、と思います。

JJSGさん
こんばんわ。

小雪はブログさぼりすぎで・・・

楽しいお酒を飲めたんですね♪

藤村操さんの場合偶々そう取ってしまったのではないのでしょうか?
哲学とはそもそも結論まで示すものではないのでは…?

noaruuさん Re: タイトルなし

コメントありがとうございます。

「スナックの法則」 恐るべし! ですよね~(笑)
この法則、不健康ですから、決しておすすめできません。
お酒はほどほどに。 (おまえに言われたかねぇ!!笑)

かっちゃんさん Re: タイトルなし

コメントありがとうございます。

> 人生不可解かぁ、不可解だから面白いと思うんですけど。
たしかにそうかもしれませんねぇ。
ハッキリしないから面白い。
何が起こるかわからないから面白い。
未知だからこそ面白い。
そんなふうに言われたり、思ったりもします。

うまくいっているとき、順調なとき、順境のとき、はそう思えるような気がします。
余裕がありますからねぇ。
でも、うまくいかなくなったとき、壁にぶち当たった時、逆境に立たされた時、苦しみのどん底にたたき落とされたとき、明日の生活もままならない状況に追い込まれたとき。
はたして、本当にそう思えるかな。。。

飛行機に乗ったとき、着陸する場所がハッキリせずして安心できるでしょうか?
何が起こるかわからないから面白い。
ハッキリしないから面白い。
そうは思えないなぁ。。。

wasedamanさん Re: タイトルなし

コメントありがとうございます。

真実の仏法は知り難い、聞き難い。 そう知らされます。
だからこそ、一人でも多くの方に、仏法に触れる機会があるといいと思います。

小雪さん Re: タイトルなし

お! 小雪さん!! お久しぶりですね♪
コメントありがとうございます。

小雪さんのブログは人気あるから、それはそれで大変でしょうねぇ。
マイペースでいきましょ♪

> 楽しいお酒を飲めたんですね♪
楽しいお酒でしたが、つい飲みすぎちゃって。。。
お酒はほどほどに! (だから、おまえだって!!笑)

wwpowerさん Re: タイトルなし

wwpowerさん!!
コメントありがとございます。

> 藤村操さんの場合偶々そう取ってしまったのではないのでしょうか?
> 哲学とはそもそも結論まで示すものではないのでは…?

おっしゃる通りだと思います。
哲学は、「答え」ではありません。
哲学は、「答え」を示すものではありません。
哲学は、知を愛し「問う」ことです。
したがって、人生の意義、人生の目的は、哲学を超える問題です。

藤村操は、人生の意義を真剣に求めた。
そして、彼は、西洋哲学にその答えを求めた。
しかし、そこに答えはなかった。
絶望という答えしかなかった。

ということかな、と私は思います。
「藤村操の場合、たまたまそう取ってしまった」 ということではないと思いますよ。
真剣に人生の意義、人生の目的を探求して、その答えを哲学に求めた場合、
おそらく同じ絶望という場所にいきついてしまうと思います。
そこに答えはないのですから。

続き

既に巌頭に立つに及んで胸中何等の不安あるなし
始めて知る大なる悲観は大なる楽観に一致するを

句の一番最後に、
>我この恨みを懐いて煩悶ついに死を決す「るに至る」
の後に続きます。

ここまで読めば、哲学がいったい何なんだと思うまでは同じとしても、自殺してしまった理由ははたして絶望なのか、開き直りなのか、はたまた何でなのかはわからなくなりますね。
句が抜けているというのは、誤植というレベルではないです。完全に欠落してますね。
人それぞれですが、人によっては抜けた句まで読むと受け取る感想が相当変わってしまうかもしれません。

きっとJJSGさんは記事にあげたところまでしか聞かなかったのでしょう。ここまでだと思い込むのは当然だと思います。
でも、聞かされることを盲目的に受け入れるのではなく、客観的に見るということも大切です。
それが信じているものだととても難しいかもしれませんが、こういうこともあるんだということは理解してください。今回のは典型的な例だと思います。

JJSGさんを否定したり、批判しているわけではありませんし、ご存じのとおり私は無宗教ですので、他の宗派、他の宗教に属するものでもありません。
情報に齟齬があり、それがそのまま「そういうものだ」と紹介されていたので気になった、ということです。
まあ、A型なんで...^_^;

potelyさん Re: 続き

コメントありがとうございます。

さすが物知りpotelyさん!!
見逃しませんでしたね。

最後の2行は、非常に危険です。
完全に自殺を肯定しています。
他の人を自殺に誘引する恐れがあるので、書きませんでした。
最後の2行の有無で、「人生不可解」という前半の意味に全く影響ないですし。
それどころか、自殺に向って全く不安なく、死を楽観して、自殺を肯定しています。
非常に危険です。

私は、自殺は絶対に悪、絶対に阻止せねばならない、と思っています。
そう思いませんか?

> ここまで読めば、哲学がいったい何なんだと思うまでは同じとしても、自殺してしまった理由ははたして絶望なのか、開き直りなのか、はたまた何でなのかはわからなくなりますね。

いえ、わかりますよ。
人生に絶望し、死に対して開き直り、自殺を肯定、そのままです。
前半の意味を覆すものではなく、自殺、死に対する完全な肯定です。
だから危険なんですよ。

他にどういう意味に受け取れますか?

最後の2行を欠落させてすみませんでしたが、そういう配慮があってのことと、ご理解いただければ、と思います。
potelyさんこそ、そういうところにも配慮願いますよ♪
突っ込みたいお気持ちはわかりますが、冷静にね。

> JJSGさんを否定したり、批判しているわけではありませんし、ご存じのとおり私は無宗教ですので、他の宗派、他の宗教に属するものでもありません。

今回のコメントは、完全に私のこと、否定、批判していらっしゃいますよ♪(笑)
最後にわざわざ批判してるつもりはないなどと言い訳しなくても大丈夫です。
悪見、誤解されてのことですから、仕方ないと思ってます。

でも、私はそれが悪いことだとは受け取らないので、安心してください。
potelyさんの兄貴肌、親切心、優しさは、わかっているつもりです。
私のために、言ってくださってますよね♪
ありがとうございます。

いいじゃないですか。
少なくとも私のブログには、思ったこと、遠慮せずに、バンバン書いてくださいね。
他ではやめといたほうがいいかもね?(笑)

またぜひお願いしますね。

了解。
否定批判のニュアンスではありますね。
でもそれはJJSGさんにではありません。
親鸞会の考え方に対してです。
それこそが自分だといわれればそれまでですが...
親鸞会だけではないですよ、基本的に宗教関連には懐疑的なんですけどね...
いろいろな考え方ということで参考にはなりますし、おもしろいのですけど、信じることはできません。
なので断定的な感じになってくると、本当にそれでいいのかと、どうしてもこういったニュアンスが出てきてしまうのでいけません。
まあこの手の話に首突っ込んでいるのはここだけですから大丈夫ですよ。

potelyさん

コメント2 ありがとうございます。

親鸞会と昔なにかあったのですか?
今回、potelyさんらしい、と言えば、potelyさんらしいし、potelyさんらしくない、と言えば、potelyさんらしくないなぁ、と少し思ったので。

宗教に対して懐疑的なのは一般的な日本人ですよね。
ほんとに何万何十万という宗教がありますからねぇ。
盲信は危険で、疑うことは大切ですね。

私も宗教だけでなくいろんなものを疑います。
親鸞会のことも、昔、疑ってましたよ。

ただ、私は、自分自身も正しいとは思えないんですよ。
やっぱり私は、お釈迦様の教え、親鸞聖人のみ教えを信じております。
そして、その親鸞聖人のみ教えを正しくお伝えしているのは親鸞会しかない、と思います。

今のところ、親鸞聖人の教えを正しく伝えていると信じられる所を他に知らないので~。
もし知っていたら、教えて下さいね。

これからも私のために、どんどん突っ込んできて下さいね♪
よろしくお願いします。
Secre

ポチっと応援感謝♪

いつも応援有難うございます

FC2Blog Ranking ブログランキング・にほんブログ村へ blogram投票ボタン おきてがみ

プロフィール

JJSG

Author: JJSG
男 173cm 血 O型
1972年7月29日生
(42歳)

福岡県出身
愛知県一宮市で育つ
シンガポール居住を経て、
(2007.9~2013.3)
現在は、日本在住
(名古屋近郊)
職業: 平凡なEngineer

スポーツ大好き♪
(野球、バドミントン)
カラオケ大好き♪
(演歌最高!)

父は、鹿児島県出身。
母は、福岡県出身。
共に九州、浄土真宗門徒。

私も、仏教、親鸞聖人の教えを、少しずつ学んでいます。

禁煙 2009年1月4日~
半日断食 2009年7月~
(すっかりサボり気味。。。)
体重:
MAX 81.4kg 理想 63kg

カレンダー

07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

FC2カウンター

最新コメント

最新記事

月別アーカイブ

カテゴリ

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

ブロとも一覧


フラワーエッセンスでラブリーに行こう!

心に残る名言集 格言・有名人の良い話集めました。

疲れたときは映画を観よう。

部屋別で探す『アイデアグッズ・便利グッズ』

ブロとも申請

この人とブロともになる

リンク

最新トラックバック

検索フォーム

RSSリンクの表示

QRコード

QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。