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無上の尊法 「浄土真宗」

2011年2月21日(月)    69.0kg  19.8% 

フラトン・ホテルとその背景


=== 今日の一日一訓 ===


 大切なのは、心の持ちよう


 ならぬ堪忍、するが堪忍。

 大切なのは心であり、心の持ちようである。
 
    かんしゃくの

     くの字を捨てて

       ただ、かんしゃ




『正信偈』 親鸞聖人のみ教えを学んでいます。


阿弥陀如来のお力 「十二光」 について聞かせていただくまえに、
いまいちど、正信偈の冒頭から少し振り返っておきましょう。

よろしければ下の 続きを読む をクリックして、続きを読んで下さいませ。

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  帰命無量寿如来
  南無不可思議光


   無量寿如来に、帰命いたしました。
   不可思議光に、南無いたしました。



『正信偈』 の冒頭は、

 「阿弥陀如来に親鸞、救われたぞー!
  阿弥陀如来に親鸞、助けられたぞー!!」



という、親鸞聖人歓喜の絶叫です。


言葉は違いますが、二行とも同じことを繰り返されているのは、

何度でも言わずにおれない、

書いても書き足りない、

広大無辺な喜びを表されているのです。

この二行から、

 〇 弥陀の救いは、死後ではない。 生きている現在ただ今である

 〇 弥陀に救われたら、ハッキリする


という、 「弥陀の救い」 の凄い特徴が明白になります。

言うまでもなく、 『正信偈』 を書かれたのは 「生きている時」 であり、

また、ハッキリしないことを親鸞聖人が何度も叫ばれるはずがないからです。


では、 「阿弥陀如来に救われた」 とは、どうなったことを言われるのでしょうか。

一言で、 「人生の目的が完成した」 ことです。


人は何のために生まれてきたのか。

何のために生きているのか。

どんなに苦しくても、なぜ自殺してはならないのでしょうか。


これが 「人生の目的」 です。


なぜ生きる。

すべての人にとって、これ以上大事なことはありません。

「生きる」 とは、歩くことや走ること、泳ぐことや、飛行機でいえば、飛ぶことといえましょう。

禅僧・一休は、

  「世の中の 娘が嫁と花咲いて 嬶としぼんで 婆と散りゆく」

と歌いました。

女性で一番良い時が、娘時代です。

だから娘という字は、女偏に良いと書きます。

娘が結婚して家に入ると、嫁になります。

嫁さんが子供を生むと、嬶といわれます。

  「女は弱し、されど母は強し」

といわれるように、新婚当初はおしとやかでも、
お母さんになると鼻高くなりますので、女偏に鼻と書きます。

また、一家の中心はお母さんだから、顔の真ん中の 「鼻」 が使われているとか。

嬶の次にお婆さんになります。

額に波がよってくるので、女の上に波と書くのだそうです。

これが女性の一生ですが、男性も呼び名が違うだけで、
すべて同じコースをたどります。

何十億の人がいても、例外はありません。

いつまでも娘ではおれませんし、お婆さんが娘に戻ることはできません。

  「この間まで自分は娘だと思っていたのに、
   もう息子が嫁をもらって孫ができた。
   いやぁ月日のたつのは早いなぁ」

と言っているように、女は、娘から嫁、嫁から嬶、嬶からお婆さんへと、
どんどん歩き、走り、泳ぎ、飛んでいくのです。

一休が 「婆と散りゆく」 と言っているのは、そうしてみんな死んでいくからです。

だから、また一休は、

  「門松は 冥土の旅の 一里塚」

とも歌っています。

「冥土」 とは 「死後の世界」 のことです。

一日生きたということは、一日死に近づいたということですから、
生きるということは、死へ向かっての行進であり、 「冥土への旅」 なのです。

年が明けると、みんな 「おめでとう」 「おめでとう」 と言います。

しかし一年たったということは、それだけ大きく死に近づいた、
ということですから、元旦は、冥土の旅の一里塚なのです。

ついこの間、年が明けたばかりと思っていたのに、
バタバタしているうちにもう年末、すぐに元旦。。。

ホントに早いものですね。

こんな調子で十年、二十年と、アッという間に人生は過ぎ去っていくのです。


私たちが去年から今年、今年から来年へと生きる、
ということは、歩くことであり、走ることであり、
泳ぐことであり、飛行機なら飛んでいることに例えられるのも、
お分かりになるでしょう。

だれでも歩く時も走る時も、一番大事なのは、目的地です。
目的なしに歩いたら、歩き倒れあるのみだからです。

ゴールなしに走り続けるランナーは、走り倒れあるのみです。
行く先を知らずに飛んでいる飛行機は、墜落の悲劇あるのみだからです。

あそこがゴールだ、とハッキリしてこそ、頑張って走ることができます。
あの島まで泳ごう、と目的地に泳ぎ着いて初めて、ここまで泳いできてよかったと、
一生懸命泳いできた満足があるのです。


では、私たちの生きる目的は、何でしょうか。



目的なしに生きるのは、死ぬために生きるようなものです。

死を待つだけの人生は、苦しむだけの一生に終ります。

私たちは決して、苦しむために生まれてきたのではありません。

生きているのでもありません。

本当の人生の目的を知り、それを完成し、

  「人間に生まれてよかった、この身になるための人生だったのか」

と、生命の大歓喜を味わうために生きているのです。


では、真の 「人生の目的」 とは何か。

『歎異抄』 には 「摂取不捨の利益」 (第一章) を獲ることであり、
「無碍の一道」 (第七章) へ出ることだと、明言されています。

「摂取不捨の利益」 も 「無碍の一道」 も、
今日の言葉で言えば 「絶対の幸福」 のこと。

絶対に壊れない、崩れない、変わらない無上の幸せです。

この 「人生の目的」 を全人類に知らせ、達成させてみせる、

と誓われているのが 「阿弥陀如来の本願」 であり、

そのお誓い通りに 「人生の目的が成就した」 ことを、

「弥陀に救われた」 と親鸞聖人は言われているのです。

29歳の御時、

 「帰命無量寿如来 南無不可思議光」


  ”阿弥陀如来に救われたぞー、助けられたぞー!」


と 「人生の目的」 を完成された親鸞聖人は、

  「この広大な弥陀のご恩、なんとしても報いずにおれない」

と悲泣しつつ、90年の生涯、
「弥陀の救い」 ひとつを全身全霊、伝えていかれました。

この無上の尊法が 「浄土真宗」 です。



では、平生の一念に 「人生の目的」 を果たさせる、
阿弥陀如来のお力とは、いかなるものなのか。

『正信偈』 に続けて書いておられます。

次回から、 「十二光」 について、詳しく教えていただきましょう。


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プロフィール

JJSG

Author: JJSG
男 173cm 血 O型
1972年7月29日生
(42歳)

福岡県出身
愛知県一宮市で育つ
シンガポール居住を経て、
(2007.9~2013.3)
現在は、日本在住
(名古屋近郊)
職業: 平凡なEngineer

スポーツ大好き♪
(野球、バドミントン)
カラオケ大好き♪
(演歌最高!)

父は、鹿児島県出身。
母は、福岡県出身。
共に九州、浄土真宗門徒。

私も、仏教、親鸞聖人の教えを、少しずつ学んでいます。

禁煙 2009年1月4日~
半日断食 2009年7月~
(すっかりサボり気味。。。)
体重:
MAX 81.4kg 理想 63kg

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